家に帰ってすぐに母に進路調査票を差し出した。
「ご両親とも良く話し合うようにって」
真っ白な進路調査票を目にした母は「どうするつもりなの?」と前のような高圧的な口調では無く、穏やかに訊ねた。
「ふたばはどうしたいの?」
「・・・正直、全然決まってない」
母の顔を見ることができずに俯いた。
ほれ見ろ、と思われていても仕方がない。
何も考えていなかった私が悪い。
「自分が将来何になりたいのかもわからないの・・・」
身近にいる人が未来を見据えていることを実感して、急に不安になった。
高校生の間はバンドをやりたい、という目先の目標で充分だった。
でも、卒業したら私に残る物って何なんだろう。
「羨ましいわ」
「え・・・?」
思ってもみない答えに困惑しながら顔を上げる。
「お母さんは小さい頃からピアノしかなかったから将来何になりたいかなんて悩んだことなかったわ」
「お母さんも悩んだりしたかったの?」
「昔は思わなかったけど、今思うとね。悩むってことはいろんな可能性があるってことでしょう?それって、とても羨ましいことだわ」
前に千尋さんも同じようなことを言っていた。
真剣に悩んでいることに対して羨ましいと言われるのは本意では無いけれど、その言葉に勇気付けられたのも本音だ。
「今、急いで将来を決めるより、探しながら自分に合ったものを見つけた方がいいんじゃないかしら。どうせやるなら好きなことをしたいでしょう?もう家出はご免よ?」
ふふ、と笑った母に「もうしないよ」と苦笑を返す。
「でも、それは白紙じゃまずいでしょう?」
進路調査票を指差す母に頷く。
「それなら、できるだけ選択肢が多いことを書いた方がいいわ。多岐に渡る課目がある大学とか」
「大学に行ってもいいの・・・?音大じゃないよ?」
「わかってるわよ。音大に行かせようとしてたんだから、他の大学の学費くらい余裕だわ」
悪戯っぽく笑う母に「ありがとう」と泣きそうになりながらお礼を言った。

