「客が多い方が勝ちだな」

「単純だなぁ、カズは。棘の道だよ、それ」

「とりあえず、宣伝にレッド・キャッスルは利用させてもらったけどね」

「はぁ?」


「カノンの名前を舞台で出すこと。あたしから出した条件よ」


ライブ終了後に帰る客の波で「カノン」のフレーズがいくつも聞こえた。

カノンってどんなバンドなんだろう、と咲綺ちゃんの歌声に圧倒された観客がカノンを完全に意識しているようだった。



「へぇ、中身入ってたんだな、その頭」

運ばれて来たコーヒーに砂糖とミルクを混ぜながら無表情に咲綺ちゃんを貶す。

咲綺ちゃんはもちろん、受け流すことなく売られた喧嘩をきっちり買った。


ポチャポチャと落とされた角砂糖。

多少黒さを持っていたコーヒーは今や、ミルクティーのような色に変貌した。


「何すんだよッ!?」

先に仕掛けたのは棗君なのに、仕返しをした咲綺ちゃんを怒鳴るのってどうなんだろう。


逆ギレ、自業自得、という言葉が頭に浮かんでしまう。


「かたーい頭の棗さんには糖分が足りてないんじゃないかと思って」

「ふざけんなッ!飲めるか!」

「美味しく頂きなよ、棗。今のは棗が悪いんだから。コーヒーに罪は無い」

「砂糖が溶け切れてねぇんだぞ!?正気か!?」

「棗君、私のと交換する?まだ何も入れてないし」

棗君と同じコーヒーだとは思えないけど、私のブラックコーヒーの色こそ本来の色だ。

それを差し出すと、何故か睨まれた。


「いらねぇ。飲む」

「え、飲むの?」

「ガキじゃねぇんだよ!いらん気を遣うんじゃねぇ!」

・・・今までの言動こそ、子供っぽいこと気づいてないんだなぁ、この人。


棗君は一気にカップのコーヒーを飲み干してすぐに水で流し込んだ。

「甘ぇっ」

顔を歪め、舌を出し、外気にさらして中和を試みる。


普段は大人びているのに、たまに一気に精神年齢が急降下する。制服を着ていない今日みたいな日は成人を過ぎているようにも見える棗君。


でも、こういうギャップが棗君はやっぱり自分と同じ高校生なんだと思い出させてくれる。


舞台上で咲綺ちゃんを遠くに感じ、不安に思っていた。


こうして笑っていると、そんな不安を感じてしまったことを不思議に思う。