馨君の提案によって、一先ず歩いて行けるファミレスに5人は入った。
移動している間、誰も言葉を発しなかった。
それは、雨音が煩く、声が届きにくいことを予想して喋らなかったばかりじゃないように思う。
「咲綺はどうして舞台に立つことを承諾したの?」
それぞれが注文を終え、店員が去って行ったところで店内の喧騒に加わるように、柔らかく、馨君が口火を切る。
咲綺ちゃんは目の前の水を一気飲みし、その行動とは反対に空のコップは静かにテーブルに置いた。
「比嘉の考え、わかるなって思っちゃったんだよ」
誰も反論する声を出さなかったのは、咲綺ちゃんだけではなく、ここにいる全員が比嘉さんの考えに少なからず共感したという証拠だろうと思った。
比嘉さんは自己中心的な男だと思っていたのに、それが完全に覆されたのだ。
ショックと似たような感覚が脳内に充満していた。
「お前、レッド・キャッスルの新曲なんてどこで聞いたんだよ」
「譜面貰ってたの。それで何となく覚えてたし、直前に詰め込んだし、何とかね」
部室で咲綺ちゃんが見ていたレッド・キャッスルの譜面を思い出す。
「やるって言ったからには、私も中途半端にはできないと思ったから・・・、ごめん」
咲綺ちゃんも純粋に歌を唄うことで言えば、比嘉さんと同じなんだと思う。
唄い始めた咲綺ちゃんは、レッド・キャッスルとの因縁とか毛嫌いしていた比嘉さんのこととか、そんなことは全て忘れて、目の前にいる観客を楽しませる為だけに唄っていたんだろう。
だからこそ、観客の1人だった私は鳥肌が立つ程魅了され、咲綺ちゃんを遠い存在に感じてしまったんだと思う。
「この話は、もうやめない?」
ぽつり、と切り出すと、全員の視線が集中して身を固くした。
「咲綺ちゃんは悪くないし、比嘉さんも悪くないと思う」
ふっ、と鼻で笑った棗君に視線を向けると「確かに」と同意した。
「もう、この話に意味はねぇな」
話に興味を失った棗君は水を口に含ませて、「遅ぇな」とキッチンの方に視線を向けた。

