レッド・キャッスルの曲が終わると沸き立つ観客の歓声や拍手。
カノンのメンバーは無言で立ち尽くし、私の耳にはその歓声が酷く遠い音のように思えた。
まるで、その一角だけが切り離された異空間のように。
咲綺ちゃんを迎えに行く為に、ライブハウスの狭い廊下を奥に進んで控え室のドアを馨君がノックする。
「てめぇ、比嘉ッ、ふざけっ・・・!!」
ドアが開いた瞬間、馨君を押し退けて乗り込んで行ったカズ君を馨君が何とか止めた。
控え室にいた出演者が目を見張りながら注目していたけど、比嘉さん本人は予期していたかのように柔らかく笑っているだけだった。
レッド・キャッスルはドアの真正面に横一列に並んでいて、スーツ姿の男と何か話をすると、その男は小さく礼をして私達の横をすり抜け、出て行った。
「ごめん、みんな」
咲綺ちゃんが掌を顔の前で合わせながらやって来て、私達の前まで来ると深く頭を下げた。
「どういうことか説明してもらおうかッ!?」
「カズ!」
食って掛かるカズ君を今度は声で制した馨君は「外に出ようか」と穏やかな口調で促した。
「随分、強引なことするんだな。レッド・キャッスルってのは」
馨君と共に控え室を出ようとすると、棗君は逆に中へと入り比嘉さんと対峙していた。
「僕にとっても不本意だったんだよ。こんな形で彼女を舞台に立たせることは」
「だったら、やるんじゃねぇよ」
馨君が「棗」と静かに声をかけて一歩踏み出した。
「キレたりしねぇよ」
棗君は首だけをこちらに向け、「そいつみたいにな」と、カズ君を顎で示すとカズ君は盛大に舌打ちをした。
「電車が止まって、ボーカルが間に合わなかったのは本当だよ」
「だからって、咲綺を使うんじゃねぇよ」
「君は、あの観客を裏切ることができる?」
静かに闘志を燃やす棗君とは裏腹に、熱の変化も無く淡々と話す比嘉さんは何がおかしいのか、と逆に訊ねてくるようでもあった。
「雨の中でも俺達のライブを見に来てくれた観客に対して、中止になりましたって言える?」
「仕方無い場合もあるだろ」
「そうだね。そういう場合も確かにある。中途半端な演奏なら聞かせない方がマシだ」
「わかってるか?お前の言ってること、一貫性がねぇぞ」
「そうかな。今日のライブ、中途半端だと思った?」
ぴたり、と私達の動きが停止した。
棗君も次の言葉がすぐには出てこなかったようで、それを満足そうに眺めながら比嘉が続けた。
「完璧だったでしょう?君達はそれを1番わかっているはずだ」
比嘉さんは私達の方に視線を向けた。いや、その視線は私の隣にいる咲綺ちゃんに向けられている。
「彼女がいなかったら、僕だってこんな無茶はしない。でも、成功する自信があるなら、僕は何だってするよ。観客の為にね」
比嘉さんはとても純粋な気持ちで演奏しているんだと感じた。
観客に喜んでもらいたい、という酷く単純で、無垢な感情。
それが、レッド・キャッスルが人気を博している本当の理由なんじゃないかと思った。

