「咲綺!俺、ライブ行くからチケットくれ!」
ドアが開き切らないうちにカズ君が大声で用件を述べていた。
「何なのよ、今まで来なかったくせに」
「悪かったってー。知り合った女の子と遊ぶの楽しくなっちゃって、ついな」
やっぱり練習していたことを悟られたくないのか、全く違った言い訳をしているカズ君を見て笑いを堪えるのが大変だった。
「その割にはバレンタインの授かり物は無いみたいだけど?」
「うっせぇ!その前に別れちゃったんだよッ!」
嫌味を言いながら咲綺ちゃんはチケットをカズ君に渡す。
でも、咲綺ちゃんも嬉しそうだ。
もしかしたら、咲綺ちゃんもカズ君が言っていることが嘘だと見抜いているのかもしれない。
「佐伯さん、久しぶり!」
「え・・・、あ、うん、久しぶり」
昨日のことを周りに悟らせない為か、カズ君の対応に戸惑いながら、合わせることにした。
ただ、昨日のことを思い出すと目を合わせることはできず、愛器を抱え、チューニングをして気を紛らわす。
でも、カズ君の行動が気になって、練習にも集中できない。
カズ君は何事もなかったかのようにギターを弄っているし、話しかけても来る。
昨日のことが夢だったんじゃないか、と疑いたくなってくる。
けど、カズ君が取り出したパールのピックが夢だったことを否定してくる。
「ピック、お揃いじゃない」
目聡く見つけた咲綺ちゃんに指摘され、どきり、と心臓が跳ねる。
「あー、それ俺が持ってた余りのピック。佐伯さんのボロボロだったからさ」
すかさず出されたカズ君の助け舟。
咲綺ちゃんは「へぇ。綺麗だねー」と疑う様子も無く、パールのピックを眺めていた。
カズ君と目が合ったので、私は「ありがとう」と口を動かす。
近づいて来たカズ君はすれ違い様、
「はやし立てられてこれ以上避けられるのはご免だし」
と微笑を浮かべながら小声で囁かれる。
バレてる・・・。
私がカズ君と極力距離を取ろうとしていたことを。
完全にカズ君の術中に嵌ってるよね・・・私って。
自分の単純さに溜息が漏れた。

