カノン




ピックがボロボロになってしまい新たなピックを求めて、「戸崎楽器店」を訪れたのはちょうどバレンタインデー。

電車の中でカップルが多いと思ったのはそのせいか、と納得した。


本当のところを言うと、バレンタインを完全に忘れていたわけではない。

どうしようか、と迷った時期はあった。

あげたい人を思い浮かべ、頭を振る。それの繰り返し。



あげてしまったら私の気持ちはバレてしまうだろうし、それが実らないことだってわかってる。

気まずくなるだけのチョコレートならあげない方がマシだ。


気持ちを隠して義理チョコをあげられる程、嘘をつける自信もない。



「佐伯さん?」

悶々と考えながらピックを選んでいると後ろから声をかけられた。

「あ、カズ君」

「よっ。何?ピック?」

学校でも廊下で会ったりすれば、話したりはしていたけど、ギターケースを背負っているところは久し振りに見た。

やっぱり、どこかで練習してたんだな、と嬉しくなった。



「うん。もうボロボロになっちゃって。そんなん使うな、ボケって棗君に怒られちゃったよ」

「俺も買っとこうかなー」

「カズ君は何を買いに来たの?」

「弦。切っちゃってさ」


背負っていたギターケースを示して苦笑い。

弦を交換してからあまり時間が経っていないはずなのに、もうダメにしたってことは相当練習していた証拠なんだろうな、と思った。


「やっぱ、わっかんねぇわ、弦の種類」

そう言って手に取ったのは前に私と一緒に買った種類の弦。おすすめマークが付いているのは変わらない。


「佐伯さんは決まった?ピック」

「このパールのがいいなって思って」

おにぎり型で色はパールのピック。蛍光ピンクで英語が筆記体で書かれているのがお洒落。


「それいいなー。もう1個ある?俺もそれがいい」

「あるよ。はい」

同じ物をカズ君の掌に置くと、その手を更に伸ばしてきた。

「そっちのも。ついでに買ってくるから」

「あ、じゃあ・・・」

財布を取り出そうとするとそれを制された。

「いい」

「え、でも、悪いから」

「たかが100円だろ」

「100円でもお金だよ。理由もないのに買ってもらえない」

「理由があればいいの?」

「え・・・、うん、まぁ・・・」


すぐに切り返されてどもっていると、カズ君は特に考える様子もなく続けた。


「じゃあ、この後付き合ってよ。これはそのお礼ってことで。安過ぎ?」

「そんなことないけど・・・」

「んじゃ、決まりね」


私の手からピックを奪うとさっさとそれを精算してしまった。