棗君は完成した譜面を馨君に差し出すと咲綺ちゃんも呼んで「見ろ」と譜面を指差した。

譜面の紙擦れの音が異様に大きく聞こえてきて、私は緊張の面持ちで2人の様子を遠目から窺っていた。

「やっぱりね」

「やっぱり?」

全てに目を通した馨君は何かを納得し、訝しげな顔をしている棗君を無視して私を呼び寄せた。

「ギター、棗に貸してやってよ」

「うん、いいけど・・・」

「何だよ」

差し出されたギターを受け取りながら、意味の分からない馨君に苛立った疑問を投げつけた。


「実際に聞いてみたいな」

馨君が譜面を渡すと、それを押し戻してギターを鳴らし始めた。


私の白いレスポールが聞いたことのない音を奏でる。

奏者が違えばこんなに鳴り方が違うのか、と感動する反面、レスポールに対していい音を出してあげられなくてごめん、と謝った。


どうしてこんなに暖かい気持ちになれるのか、歌詞がないこの曲の全てを理解することは私にはできない。


だけど、目を閉じていつまでも浸っていたいと思う。


サビからスタートするような、棗君の曲は最初から春の風を追いかけて走り抜けるような爽快感を味わう。


そう思うと、音程が重くなり少しリズムが遅くなって嵐の前のようなねっとりした印象を感じる。


それが徐々に晴れ渡ってさっきのサビに戻る。


閉ざされた空間から外に飛び出して行くような、そんな感覚をこの曲からは感じる。


最後は路上ライブの時の即興ラストではなく、作り変えられていた。

静かにフェードアウトしていく音が余韻に浸らせる。


「ふたばちゃんが作ったにしては出来すぎてるなって思ってたけど、棗だったんだね、この曲作ったの」


ギターが鳴り止むと、馨君が「やっぱりね」と言った理由を明かし、棗君は照れ隠しか眉根を寄せた。


「作ってたなら言えばいいじゃん!こそこそと内緒にして!」

咲綺ちゃんが食って掛かると、馨君が苦笑しながら制止した。