「おかえり、ふたばちゃん」

エントランスに入ろうとしたところで、千尋さんと帰りが一緒になった。

鍵を差し込みながら私が背負っているギターケースをちら、と見て「熱心ね」と上品に笑う。

「でも、遅すぎない?」

「あ・・・、これは・・・」

咎めるような口調の千尋さんに、私は少し戸惑った。

「危ないじゃない」

廊下の外に広がる闇を見つめ、口を尖らせた。

「棗に言っておくわ。早く帰しなさいよって」

「ち、違うんです!」

千尋さんは不思議そうに首を傾げながら部屋のドアを開けて中へ入った。


「違うんです・・・」

玄関口で立ち止まっていると、「棗に言わないから、私には話してくれない?」と包み込むような声で言い、中に入るよう手で促した。


千尋さんとキッチンで遅い晩ご飯の準備をしながら、棗君が作曲をしていたことから話し、先日棗君の鞄から捨てたと言っていた譜面がでてきたことも話した。


「それで、部活が終わった後にピアノがあるスタジオに寄って、棗君が作っていた曲を書き起こしてるんです」

「書き起こすって、記憶だけで?」

「私、耳コピが結構得意で、毎日聞いてた音だし、できるかなって思ったんです」

「すごい才能じゃない」

「小さい頃から沁みついてるだけなんで、才能とかじゃないです。記憶の中だからどこまで正確に復元できるかもわからないし」

「才能よ。耳もだけど、人の為に一生懸命になれることも」

「私はただ・・・」

棗君が生き生きとしながら楽しそうに作曲している姿をもう一度見たいだけ。

棗君の完成した曲を聞きたいだけ。

1番に聞かせてもらえたら、それは泣く程嬉しいことだけど、聞かせてもらえるなら2番でも3番でも、みんなが聞き終わってからでもいいや。



テーブルに置いたお皿に手を添えたまま止まっていると、千尋さんがくすくすと横で笑った。


「ふたばちゃんの今の顔、私には見せちゃいけないと思うけど?」

「え!?そんなに酷い顔してました!?」

狼狽えていると、千尋さんは一層楽しそうに笑った。


「逆よ、逆。・・・もう、妬けちゃうなー」

そう言いながら、千尋さんはキッチンに戻って行った。

残された私は両手で顔を触り、首を傾げてから千尋さんの手伝いに戻ることにした。