「って、千尋さんに言われたんだ」
部活が終わった後、棗君と一緒に千尋さんの家に向かった。
棗君が私に「帰るぞ」って声をかけたので怪訝に思った馨君にも咲綺ちゃんと同じ内容を簡単に説明した。
「ふたばちゃんってたまに爆発するよね」
そんなに爆発してるかな、私、と首を傾げたが、馨君はただ笑っているだけで、棗君は隣で「ほらな」と鼻で笑った。
「千尋さんって大人だよね。私、自分の事しか考えて無かったかも」
「当たり前だろ。あいつはいい大人だよ。いい大人が記憶飛ぶまで飲むとは呆れるけどな」
棗君に私のことを聞いたと言っていたから酔っぱらって記憶を飛ばした件も棗君に話したんだろう。
棗君は小さく溜息をついたけど、そこには本当に苛立っているような様子は見られなかった。
千尋さんの家は数十階建てのマンションで、思わずぼけっと見上げていると「おい」と棗君に急かされて中へ入った。
自動ドアが開くと、またガラス張りのドアが立ち塞がっていた。
ドアの横にパネルとボタンが埋め込まれた台があり、棗君がボタンの上にある鍵穴に鍵を差し込んで捻るとドアが自動で開いた。
廊下は綺麗に磨かれているし、落ち着いた色調の壁には防犯カメラがついていて、セキュリティもしっかりしていそうだった。
こんな素敵なところにさらっと住んでしまう千尋さんってかっこいいな、とか仕事もできるんだろうな、とか思うと本当に非の打ちようがなくて、勝手に落ち込む。
エレベーターで7階まで上がると真ん中あたりにある部屋のドアを慣れた手つきでさっきと同じ鍵を使って開けた。
「家の物、適当に使っていいって言ってたから適当に使え」
「棗君、帰るの?」
「帰る」
「待ってれば千尋さん帰ってくるんでしょ?会ってかないの?」
「いつでも会えんだろ。会いたい時に来るからいい」
棗君もこういうこと言うんだ・・・。
いいな、千尋さん。
棗君にこんなこと言ってもらえるなんて。
胸の奥がちくり、と痛んだ。
「鍵閉めとけよ」
「うん、わかった」
さり気なく優しいところはいつものことだけど、今は苦しい。
落ち込んでしまった気持ちを抱えながら、部屋に入るとまた気分が下がる。
あんまりジロジロ見るのは失礼かと思ったけど、黒に統一されたシックな部屋は大人の魅力が感じられる。
乱雑とした場所はどこにも無く、棚の上にはインテリアとして置かれた置物やキャンドルも、黒いソファに置かれたクッションも全てこの部屋に合っていて、モデルルームのように完璧だった。
出しっぱなしだったコップですらインテリアに見えてくる。
何から何まで隙がないな、千尋さんって・・・。
溜息をつき、とりあえず、黒のソファに座って千尋さんの帰りを待つことにした。

