カノン




「知らない男に付いて行くな、バカ女!!」

「ひっ!」

振り返った瞬間に怒鳴られ、あまりの迫力に小さな悲鳴が漏れる。

「いい人そうだったし、女の子に振られちゃったみたいだし・・・」

「そりゃあ、最初から悪意丸出しでくる奴なんてそうそういねぇよ!あれが、演技だったらどうする!?付いて行ったらホテルでもお前文句言えねぇぞ!?」

「ご、ごめんなさい・・・」

棗君に怒鳴られて、一気に恐ろしくなった。

飲み屋街を抜ければホテル街や如何わしい店が連なる道路に出るからだ。

棗君は溜息を吐いて、怒りを鎮めると「で?」と荒げていた声を低くした。

「咲綺には連絡ついたのか」

「ううん・・・、繋がらなかった」

「この時間ならもう寝てるか。あいつの就寝時間は小学生だからな。他に女友達いねぇの?」

痛いところを突かれ、私は「いない」と呟いた。

「マジか。お前、咲綺以外に友達いねぇの?」

ストレートに訊かれると傷つくが、友達と呼べる人が軽音部の3人しかいなくても、私は恥ずかしいとは思わない。

こういう時に電話できる友達や、助けてくれる友達ができたということは、軽音部に入る前に比べれば奇跡に近い。


「千尋に電話してやるからちょっと待っとけ」

面倒臭そうな顔はするものの、見捨てないでいてくれる棗君。

いざという時、頼りになって優しくしてくれる棗君の行動が胸を打つ。


ダメだ私、どんどん棗君のこと好きになってる。


エプロンのポケットから携帯を取り出し、慣れた手つきでボタンを押して耳に当てるという一連の流れを黙って見つめる。


「もしもし、千尋?」

名前を呼んだ声が優しくて、胸に冷たい針が刺さるような感じがした。

向こう側の声は聞こえないが、棗君の声がだんだんと苛立ち、眉間に皺が寄って行く。

通話を終えて、乱暴に携帯を折り畳む。

「くそっ、酔っ払いが!日本語通じねぇ!」

私が言われたわけではないが、肩がビクリと跳ねた。