何も考えずに出て来てしまったが、通学鞄1つに入っているのは筆記具と財布くらい。
出て来る瞬間は何も考えることができなかったのは事実だけど、もう少し冷静になってからにすれば良かったと後悔する。
財布は持っているけど、家出に相応しい所持金が入っているはずも無い。
徐々に落ちてきた陽を見て、これからどうしようかと心細くなってきた。
何の当てもなかったけど、電車の定期は持っていたから到着した電車に何となく乗り込み、考え込む。
この電車で一周したら家に戻ろうか、咲綺ちゃんに連絡とってみようか、学校は開いてるかな、などと考えているうちに電車の揺れが心地よくて微睡んでしまった。
目を覚ますと、電車の中には会社勤めの男や女が密集していて、帰宅ラッシュに巻き込まれていることに気付いた。
慌てて窓の外を確認すると、すっかり陽も落ちている。
アナウンスが次の停車駅を伝えるが、聞いたこともない名前で恐怖し、その駅で一先ず降りた。
携帯を確認してみたが、母からの着信は無く、家に帰られる望みは無くなったな、と肩を落とす。
咲綺ちゃんに電話してみると、こちらは何度目かのコールで留守番電話サービスに繋がった。
咲綺ちゃんからの折り返し電話を期待しながら仕方なく、改札を出てみる。
周りは居酒屋が多く連なり、週末ということもあってか、スーツ姿のサラリーマンが団体で行動する様が多く見られた。
行き通う人々の足音に交じって聞こえてくる楽器の音に反応し、自然と足がその音を追う。
アコースティックギターを抱えている大学生くらいの男の人、歌を唄う2人組、若い女の人はサックスを吹いていて、お互いの演奏を邪魔しないよう適度に距離を保っている。
この辺りは楽器演奏者に寛大なのか、警察がただサボっているだけなのか、演奏者があちこちに散らばっていた。
客がぽつぽつ立ち止まって聞いていたりするところもあれば、目の前を素通りされるだけのところもある。
目の前に広げたギターケースに空の缶を投げ入れられたりしている人もいる。
それでもめげずに弾き続けるのは、それなりの信念があっての事なんだろうな。
缶を投げ入れられた人の近くに歩み寄る。
可哀そう、とも思ったけど、それよりも私の足が動いたのはアコースティックギターの音に誘われたから。
唄っていることは何か良くわからないんだけど、メロディーは好きかも。
弦を弾く指からふと視線を上げて、彼の顔を眺めているとその後ろに見覚えのある姿が見えた気がした。
立ち上がり、目を凝らしてみると益々その人に見えてくるんだけど、おかしいな。
膝下まである黒のエプロンを身に着けて、何かを配っている長身の男が私の想像通りの人物であれば、その格好が全くもって似合っていない。
じりじりと近づいてくと良く似た別人、と思うにはそっくりすぎる。
「な、棗君!?」
「葉っぱ・・・!何でここにいる!」
目を丸め、思わず指さすと、涼しい顔で居酒屋の割引券を配っていた棗君は瞬時に顔を歪めて固まった。

