夏休み明け最初の体育の授業はバレーボールで、私は憂鬱な気持ちになった。

指を怪我する恐れがある球技は原則禁止されていて、先生もそれがわかっているから「佐伯は見学な」と体育館の隅を示した。

久しぶりのこの孤独感。

膝を折って小さくなって、目の前で繰り広げられる楽しげなゲームを目で追っていた。

夏休み前は陸上競技が多くて割と参加できていたから、一入に寂しい。


「具合でも悪いの?」

Tシャツの袖を捲し上げ、白い肩を露出させた咲綺ちゃんは額に汗を滲ませながら私の顔を覗き込んだ。

「そんなことは、ないんだけど・・・」

「意味ありげだね?」

私は小さく頷き、膝の上に顎を乗せる。

咲綺ちゃんは「よいしょー」と豪快に胡坐をかいて、私の隣に座る。

「良ければ話してくれない?」

豪快に座ったのとは裏腹に遠慮がちな咲綺ちゃんの提案。

それなのに、躊躇ったのは咲綺ちゃんまでも私から離れてしまったらどうしようかと考えたからだ。

すぐにそんなことあるはずが無い、と思い直して私を口を開く。


「私、小さい頃からずっとピアニストを目指していて、一心不乱にピアノを練習ばかりしていたの」

今の自分を考えると、一心不乱にピアノを弾いていた、と言うことに違和感を感じてしまう。

ぽつり、ぽつり、と話すうちに私の中でピアノが世界の全てではなくなっていることに気付く。

「バレーボールができないのは、指を怪我しちゃいけないから。ピアニストにとって、指は命みたいなものだから、球技ってやったことが無いの」

「お母さん、ピアニストだって言ってたことあったね?」

「お母さんはいくつもの舞台に立っていて有名だし、技術も認められてる。だけど、私は全然ダメ。実は軽音部に入ってからコンクールがあったんだけど、入賞もしなかった」

思い出すだけで、あの時感じた辛い気持ちが心を押し潰すようだった。


「ご、ごめん・・・。あたし、そんなことも知らないでふたばを無理矢理軽音部に入部させちゃった・・・」

「違うよ。私は軽音部に入ったこと全然後悔してない。嫌いになりかけていた音楽がまた好きになって、友達もできた。恥ずかしいけど、今まで友達もいなかったんだよ、私」


友達がいなかったことを、思い出話をすようにこうして笑えるのは、全部軽音部に入ったおかげ。


「今はピアニストになりたい、なんてこれっぽっちも思ってないの。今は軽音部で咲綺ちゃん達とバンドを思い切りやっていたい」


とっくの昔にわかっていたことだけど、ずっとずっと言えなかった。

こうして言葉にしてみると、やっぱりこれ以上はお母さんに嘘なんかつけないと思った。