「ごめん、馨君。私も帰っていいかな」

「最後まで見て行かないの?」

「うん」

この光景と音ははっきりと脳裏に焼き付いて、離したくても離れないだろうから。

それよりも少しでも多くの時間を練習時間に当てたい。

「そう。いってらっしゃい」

馨君の笑顔で送られ、私は待合室に置いたレスポール入りのギターケースを持って地上へ飛び出した。


駆け出して向かった先はいつものレンタルスタジオ。

息を切らして飛び込んで来たもんだから、麻生さんは目を丸めて「どうしたの?」と訊いてきた。

「スタジオ、空いてますか?」

「空いてるけど、ライブはどうしたの?」

「私達の出番は終わりました。でも、レッド・キャッスルを見てたら練習しなきゃって思って、走ってここに来ちゃったんです」

「触発されたんだね。人を動かせる演奏ができるなんてすごいね、その子達は」

これは可能なのかわからないけど、一生かかってもどうしようもないのかもしれないけど、私も人を動かす演奏ができたら、って思った。

魔法にかかったあの指が忘れられない。

「眩しいねー、目標に突っ走る高校生って」

ここに棗君がいたら間違いなく「おっさんくさい」と言われるフレーズだったと思う。

麻生さんが笑顔で「頑張って」と見送ってくれた。



あのギターの映像は鮮明に覚えているのに、いざ弾くとなったらその通りにはならない。

当たり前か。

私には私の身の丈に合った弾き方をするしかない。

焦ったって私にはできないんだから。まずはカッティングをもっと歯切れ良く、鳴らせること。

他のテクニックも正確に綺麗にできるようにすること。基礎を完璧にするのが私の今のステップなんだから。

だから、デビューしたいとか今は考えられない。

私はまだそんなことを言えるレベルじゃない。目先のことで精一杯。

「プラチナ」を弾き、納得いかないところは何度も戻って練習を繰り返した。

もっと、ここは思い切り弾かなくちゃ。弦の押さえが甘いな、ここは。ちゃんと音がでてないや。


「やっぱりね」

顔を上げると笑っている馨君とその後ろに棗君、「あたしも誘ってよ!」と帰ったはずの咲綺ちゃんが口を尖らせていた。

「え・・・、何で?」

「馨から電話貰ったの。ふたばが多分スタジオで練習やってるから戻って来いって」

「1人じゃ感覚掴めないでしょ?」

「それに、鬼先生の厳しいアドバイスも必要かと思って」

「は?俺の事かよ、それ」

「自覚あるんだ」

ドラムの後ろに馨君が座って、その真正面に咲綺ちゃん、咲綺ちゃんの左手側に私、その反対に棗君、と自然といつものポジションになる。


「打倒レッド・キャッスル!」

咲綺ちゃんが振り返り、拳を突き上げた。

「本気で言ってるの?それ。高校卒業したらデビューするかもって噂があるんだよね?」

「じゃあ、超えたらあたし達がデビューできるってこと?」

にやり、と不敵に笑った咲綺ちゃんは冗談を言っているような目ではない。

馨君もそれに気づいたのか、丸めていた目を緩め、口角を上げた。

「そういうこと、かな」

「いいな、それ」

棗君まで口元に笑みを浮かべていて、もう、本当にこの人たちはって呆れながらも私も自然に笑みが滲む。