ボーカルが肩にかけているストラトキャスターから1つ1つ正確なコードが静かに流れ、語る様な声がライブハウスの隅々にまで綺麗に響く。
うっとりと、聴き入ってしまうような声の影響力はこのライブハウス全体に伝わり、一瞬にして飲み込んだ。
完全に観客の心を奪い、頃合いを見計らっていたかのように他のパートが激しく音を鳴らし始め、一気に舞台が明るくなった。
わかっていたように飛び跳ね始める観客、歌に共鳴するようにスポットライトが色とりどりに点灯する。
動けなかった。盛り上がった瞬間に全身に広がる鳥肌。
動けなくても、体は素直に反応している。
この空間の全ての物がレッド・キャッスルが奏でる音に共鳴し、動かされている気がした。
私は呆然と口を開けて舞台を見上げていた。
一気にこの場を飲み込んだボーカルだけがすごいんじゃない。
5人全員がそれぞれ技術を持っている。
参考にしようと思って背の高いギターの男の子の手元を見ていたけど、どんな風に指が動いているのかわからなかった。
その速さで正確に、手元も見ないで弾けるのかわからなくて、その指が魔法にでもかかっているように自由自在に動き回っていた。
「・・・るわ」
「え、何?」
スピーカーから漏れる大音量と、観客の声で咲綺ちゃんが何を言ったのかわからなかった。
聞き返したが、それすらも聞こえないのか、咲綺ちゃんは背中を向けようとしていた。
「咲綺ちゃん!どうしたの!?」
「あたし、帰るわ」
今度ははっきりと聞こえた。
「え、何で?」
「あんなん聞いて黙ってらんない。今から練習してくる。あいつよりいい声出してやる」
咲綺ちゃんは舞台で熱唱しているボーカルの男の子を睨み付けると、観客の間を縫って行ってしまった。
「馨君。ねぇ、馨君!」
馨君の裾を引っ張り、耳元で大声を出すと馨君は不思議そうに首を傾げていた。
「咲綺ちゃん、練習するって帰っちゃったよ!」
伝えると、馨君に慌てる様子など無く、笑って「咲綺らしい」と言ったのが聞こえた。
「こんなライブ見せられて悔しかったんだろうね。負けず嫌いだから、咲綺。ここにも負けず嫌いがすごい顔で舞台を睨んでるけど」
馨君の視線の先には鬼みたいな顔で舞台を睨んでいる棗君が立っていた。その視線には殺気すら感じる。
「彼らは上手いね。上手くて、まとまってる。1番上手いのはギターかな。バンドをリードしてるのは、確実にあの彼だ」
あの魔法にかかった指でギターを掻き鳴らしている男の子を再び視界に捉える。
私とは天と地、月とすっぽん程実力差がある。
ギターの上手さでバンドの良し悪しが決まるわけじゃないけど、私の実力の無さがカノンの足を引っ張っているんじゃないかと思った。
さっきの演奏は観客が受け入れてくれて拍手をもらったけど、私の実力がこの男の子くらいあったらもっと大きな拍手がもらえたんじゃないかって思う。
練習しなきゃいけないのは、咲綺ちゃんじゃない。私だ。