「あれ、でも確か棗って馨の姉さんと付き合ってなかった?激美人の」
そ、そうだった・・・。
浮かれていたけど、棗君ってあの美人な千尋さんと付き合ってるんだよね。
「険しいねー。あの姉さんじゃ佐伯さんにはハードル高いんじゃね?」
正直だね、カズ君・・・。
悪意はないんだろうけど、カズ君の言葉で天から叩き落された気がするよ。
「そうだよね・・・。超えられるわけないよね、私に」
得意のネガティブループに突入。
一時的にでも天に昇っていた自分がおこがましくて恥ずかしい。
「そ、そういう意味で言ったんじゃないからな!佐伯さんじゃ無理ってわけじゃなくて、みんな無理だって、あんなハードル。元気出せよ、な?」
全然慰めになってませんよ、カズ君。
私じゃ無理って思ってるでしょ、絶対。その通りなんだけどね。
自分の気持ちを知った途端に失恋しちゃったわけだ、私。
もうちょっと味わってたかったな、初恋。
「はぁ・・・じゃあ、何から始めようか・・・」
大きく溜息をついて、ギターを抱えたが全然力が入らない。
そのままギターにもたれるように体を折った。
「テンションひっく!やる気無くしたでしょ!?ねぇ!?」
「カズ君のせいだからね・・・」
「何で!?フォローしたじゃん俺!」
「フォローになってなかったよ」
「えー、マジ?元気出せよ。棗よりいい奴なんてごまんといるから次だよ次」
カズ君の中ではとっくに私の恋は終わったことになってるのね。
すぐ次って移れるほど恋愛の仕方を知らないからどうやってこの気持ちを抑えたらいいのかなんてわからないけど、ちゃんと理解はしてるよ。
私は棗君と付き合うことはできないんだ、って。
「後でアイス買ってやるから、な?そんな泣きそうな顔すんな」
「もぉ、子供じゃないよ私!」
グーでカズ君の肩を叩いたけど、何のダメージも受けなかったみたいでカズ君は「悪ぃ」と苦笑いした。
慌てふためいていたカズ君を見て、何困らせちゃってるんだろうって思えてきた。
カズ君が言ってることは全部本当のことなんだから、カズ君のせいにするってのはただの八つ当たり。
「うん、ごめん。練習しよっか」
背筋を伸ばしてまずはカズ君が弾けていたパワーコードの復習。その後、メジャーコードを1つずつやっていこう。
手が大きいから私の苦戦した指1本で複数弦を押さえなきゃならない、バレーコードも少し練習したら難なくできちゃった。
ちょっとショック・・・。
軽音部のメンバーが来る前に音楽準備室に戻って、ギターの練習をずっとしていたフリをする。
カズ君と練習していることは誰にも内緒。
カズ君のストラトキャスターはどうしたって棗君が訊いてきたからカズ君に返したって言っておいた。
勘ぐられたらまずいと思ったけど「ふーん」って言って然程興味はなさそうだったので胸を撫でおろした。