千尋はデブに「コートはそこに置いて、洗面所はそっち」などと指図をし、デブはコクリとうなずいて手を洗いに行く。
「おい。なんだよこれ」
さりげなく千尋に詰め寄ると
「バイトが終わったら健ちゃんに出待ちされて……立ち話してたら寒くてお腹空いて……今日は和也が夕食当番だから美味しい物が待ってるなって思ったら早く家に帰りたくて」
「それから?」
「それからっていうか……だから連れて来た」
「お前何を考えてる?」
「何?って、和也は私が外にずーっと立って話をして、風邪引いたらどうするとか心配じゃない?」
「そりゃ心配だけどさ」
「でしょ」
千尋は強く言い俺を言いくるめた。
「いや、それ違うから!」
「お腹空いた!」
「千尋!」
軽い言い争いになってたら
のっそり動物園のクマのようにデブが洗面所から現れて
「やっぱり僕、帰ります」って申し訳なさそうに言い
俺と千尋は
「帰らなくていい」
「とっとと帰れ」
同時に叫ぶと
デブは肩をすくめて
余計申し訳なさそうな顔をした。
半分怒りの千尋と
半分泣きそうなデブ
俺が悪いってか?
台所から漂う海鮮鍋のほどよい匂いが鼻をくすぐる。
もういいよ。
「割り箸がそっちにあるから」
ボソッと言うと
千尋が満面の笑みを浮かべる。
怒りの後のその笑顔
卑怯。



