「えんえいげつ君」
 四月のこと。僕は、「円影月」をそう読んだ。影月はすっと立ち上がって、あの笑い方をした。
「マドカ、カゲツグ。読み方って書いてないんですか」
 僕は名簿をもう一枚めくる。そこには三年五組の相田さんから渡辺君まで、読み仮名がカタカナで書いてあった。
「俺がエンエイゲツだったらさ、出席番号一桁だし、席も窓際だし」
 僕は赤面しながら点呼を続けた。今思えば、他の生徒の口から漏れる笑いは何を笑ったものだったのだろうか。
 職員室に戻る途中で、ちょうど出勤してきた三年五組担任の香山先生に会った。娘さんが熱を出してしまったらしい。朝のホームルームを代行したお礼を言われ、僕は話ついでにその失敗談をした。
「円はちょっとクセのある奴ですよ。だから私、三年間ずっと担任なんです」
 少し嬉しそうに香山先生は話した。