良いかね、影月君。
 桐がわざとらしい咳をして、声色を変える。
「はいはい、桐先生」
「人間は向かい合って生きている」
 この哲学者はそう吐かす。
「支え合っているんじゃないんですか」
「違う、向かい合っているんだ」
 マンションの階段を登る。哲学者、如月桐の力説は続く。
「向かい合って、お互いに見えないもの、足りないものを補い合う。そうやって人間は関わるんだ」
「それさ、今思い付いたんだろ」
 桐が一瞬怯んだのを、俺は見逃してなんかいない。
「か、蛙の話があるだろ」
「お姫様とベッドで寝て王子に戻る話か」
「グリムじゃなくて、江戸から来た蛙と京都から来た蛙」
 ああ。
「人間は蛙じゃない。目はちゃんと前を見ることができるんだ。目の前の状況を判断、理解して、次に何が起こるかまで考えられる。それに基づいて行動もする。そして進む」

 まだ話は続いている。
 つまり桐は、人間は色々だけど、結局は持ちつ持たれつなんだって言いたいんだろ。
 相槌もそこそこに、俺は部屋の鍵を取り出す。ドアを開けて明かりを点け、両手の塞がっている桐が部屋に入るのを待つ。

「ほら、ゆっくり話を聞くからさ、早く入れよ。腹が減ったよ、飯にしよう」