「え」
 店長は俺達に追いつくや否やチーフの肩に腕を回し、そのまま二人で駅に向かってしまった。
「知らなかった」
 こちらは男二人、街灯の下をとぼとぼ歩いている。もちろん、体が触れていることなんかない。
「どんくさ」
 桐が鼻で笑う。
「お前さあ、」
「何だよ」
「できてないじゃん、人間観察」
 その通りだった。
「灯台元暗し」
 喫茶店、人がふらりと立ち寄っては過ぎ去っていく場所から、色んな人間を見たい。そう思い立って、俺はあの店でバイトを始めた。一日は誰にとっても一日でその長さは違わないはずなのに、安いアメリカンを買って風のように店を出るサラリーマンもいれば、桐のように三百二十円で一杯のコーヒーと空間と時間を買っているヤツもいる。
 顔馴染みの人、オーダーに時間のかかる人、ケーキばかり食べる人、豆を買っていく人、決まった曜日の決まった時間に店に来る人、なかなか財布から小銭が出せない人。色んな人を見た。似ているけれど、同じことは二度とない。
「目はさ、前にしか付いてないんだな」
「後ろにも付いてたら影月は妖怪だ」
 そう、だから俺はお客さんしか見えない。
「そう、だから僕は影月の後ろの二人が見えた」