「ひゃひゃひゃ!っこんな所にいたら危ないよ~坊ちゃん?」

「そうそう!大人しく俺らに捕まってくれない~??」


タタタタッ・・・

後ろを追いかけてくる男達を気にしながら路地を曲がる。自分でさえ真っ直ぐ立つと肩が擦れるほどの狭い道だ、あの大男達ならすぐには追いつけないだろう。


――しかし


「やっぱ、ダメっすね...」


先ほどつけられてると気づいて走り出したのはいいが相手の方が一枚上手だったらしい。


「ひゃひゃひゃ!どこいっても無駄無駄あ!」
「ここらは俺らの巣なんだぜ~」


ゲスい笑い声が前の方から聞こえてきた。どうやら回り込まれたらしい。このまま路地を抜ければまず間違いなく奴らと鉢合わせてしまうだろう。
しかも、どんどん街の奥へと誘い込まれてる気がする。さっきまでは普通の住人も見かけていたが今はホームレスや物乞いしかすれ違わなくなった。

これでは、助けを求めることもできない。



「どうするかなー」


急いで路地を抜ける意味がなくなった今、俺は近くのゴミ箱に腰掛けて息を整えていた。ここだけ少し空間が広くなってるので、座ってると息苦しさもいくらかマシになった。


「こんなことならアレをもってこればよかった、申請がめんどいんすけど」


独り言をひとり寂しくつぶやく。
そんな事すべて後の祭りなのはわかってるが、まあ後悔するのが人間という生物。

自分の服を探り、なにか役に立つものはないか見てみる。


「財布はさっきスられちゃってないし、もうこれは死ぬしかないんじゃ...」



空を見上げてため息をついた。

――猫の目のように細められた三日月が光ってる。



バササッ


一瞬、何かが月を覆った。


「っえ...黒い蝶?!」


――に見えた気がしたが、気のせいだろう。

それは建物と建物の間を駆けて飛び、路地から見える狭い空からすぐに消えてしまった。
そして何もなかったかのように、辺りは静けさを取り戻したのだった。




「なんだったんだ、いまの...」



「こ~んなとこにいたのか、坊ちゃ~ん??」

「っげ!」


口をポカーンと開けて空を見上げたら、いつの間にか俺は男達に囲まれていた。どんなホラーだよ。



「大丈夫だって、じっとしててくれりゃいいんだよ」
「君のパパを電話で呼び出してもらえればすぐ開放してあげるし?」
「...。」


―つまり、人質になれってことか。
後ろにも当たり前のように人がいて、逃げることはできなくなっていた。四面楚歌でいえば歌が聞こえるあたりだろうか、この状況。

ふと後ろに立ってる者たちに目が止まる。

彼らは皆俺ほどの背(160ぐらい)しかないし、青年というには顔立ちが幼すぎる。15、6ぐらいだろうか。

まさかこの子達って...



「おい、どこ見てんだ」
「わ!離せ!!」


腕を捕まれ、後ろに回される。分かっていたことだが力で勝てるわけがなかった。俺非力だし。


「よし、確保~」
「じゃあちょっと暴れないでね~」
「ちょ!待てって!俺は別にっ」

ぞろぞろと集団が路地を進んでいく。
一人でもやっとの路地のはずが...と思っていたら、壁だと思っていた場所がめくれて古ぼけた扉が現れた。なるほど、これがあったから一瞬でこの人数の人間が出現したんだなーと感心してしまう。


「いや、そうじゃなくて!俺は坊ちゃんと呼ばれるようないいとこ育ちじゃないんだって!」

「へ?でもその服は新街のものだろ?」

「そりゃ、まあ」

朝までそっちで住んでましたから。


「じゃあ十分育ち良いだろーよ」
「俺ら見てーなドブ水すするような生活に比べりゃ、なあ?」

「...」


俺は黙り込んでしまう。
こうもはっきりと格差を見せられるとは思わなかった。やはり新街では情報操作があったんだな。



「じゃ、いこーか~」
「アジトでゆっくり話は聞かせてもらおうか坊ちゃん」

「っいやでも本当に俺は!!」


扉を使い狭い路地を抜け、薄暗い街を進んでいく。


その時
付近の電灯がブツっと消えた。


「わあ!?何事だ!!」
「暗くて見えやしねー!」
「誰か見て来い!」


街は闇に包まれ真っ暗になる。
今日は月の明かりも期待できないため、本当に身動きが取れなくなってしまった。

しかし、俺の周りにいる男たちの騒ぎ方を見ると、奴らも予測してない自体のようだ。この騒動に乗じて逃げられないか?


もぞもぞ

「んむぐ!!?」


俺が男の腕を引き離そうと暴れていたら、急に口を塞がれ後ろに引かれた。この手は前の男のものではない...誰だコイツ?!!


「...っ?!おい!やつはどこいった!」
「せっかくここまで連れてきたってのに!絶対逃がすな!!」


後ろにゆっくりと下がったあと、方向転換し奴らのいない方に進み始めた。
後方で怒鳴り立てる奴らの声が響いている。あの様子じゃまずこっちには気づかないだろう。


「むぐ、ぐ...」


だが、問題がまた一つ発生した。

こいつ誰だ?!

俺を後ろから抱きかかえるように拘束して、ゆっくりと真っ暗な街の真ん中を歩いてるこの男。背丈は180あるかないかぐらい、果物のような香水の香りが鼻につく。

迷いなく進んでるが、一体何処へ行くつもりだ。



「心配しなくても、とって食ったりはしないよ」

予想していたよりずっと優しげな声が聞こえ、逆に驚いた。もっとごつくて乱暴なやつだと思ってたけど、この声、無害そうな優男にしか聞こえない。

きっとこの人、迷い込んじゃったんだ...それで運悪く俺が絡まれてるのを見つけて助けてくれたんだろう。なんて危険なことをさせてしまったんだ!



「むむぐ!」
「ああごめん、ここまでくればいいかな」

そう言って男は口から手を離す。
途端、新鮮な空気を求めるより先に俺は、叫んでいた。



「こんなとこにいたら危険ですよ!!」

「えっ」


俺の言葉に驚いたのか、歩みを止めてこっちを見下ろしてきた(見えないけど多分そんなことをしてるはず)そんなことお構いなしに俺は男の腕を取り引っ張った。


「あなたみたいな人がいていいとこじゃありません、すぐに避難してください!」


前に進もうと足を前に出し走り出した、その瞬間。

「あっ」

男が何かに気づく。
しかし俺はそれに気をかけるより先に




ゴン!!


「い゛ったーーー!!!」


――何かにぶつかった。

額に鋭い痛みが広がり、目に涙が溜まる。
手を伸ばすと電柱か電灯のような柱が目の前に立っていた。見えないで走るのは危険すぎる...イタタタ...


「ぷっあはは!はははは!面白いね、君!」

後ろから邪気のない笑い声が聞こえてくる。俺は恥ずかしさで顔が真っ赤になった。


「っっ笑ってないで、いきますよ!」
「はは、そっちはゴミ箱があって危ないよ」

柱に手を当て歩いていたら、腕を引っ張られた。足だけが放り出されるように前に飛び出し何かにかする。その何かは俺の足先が触れた衝撃で横に倒れていった。


ゴトン、どささっ


中から何かがこぼれて散らばる音がする。そして異臭が広がってきた...これって本当に、ゴミ箱じゃないか!!


「み、見えてるんですか?」

「だから僕に任せてよ、まあ、そろそろ回復する頃だろうけど」


回復とは電灯のことだろうか。
目の前の男を見上げてみたが何が見えるはずもなく。

仕方なく俺は従うことにした。


しかし、黙り込んだままずっと暗いところを歩かされてると色々不安になってきた。本当にこのままついて行って大丈夫なのだろうか?もしも騙されてたら?
そんなことを考え始める始末。

俺は気を紛らわすためにも話しかけてみた。


「あの、あなたの名前だけ、教えてもらえませんか?」

「...」

男は歩みは止めずに歩き続けてる。
返事は返ってこないだろうなと思いながら聞いたので別に驚きはしない。それでもやっぱちょっぴり寂しいけどさ。


俺が諦めて歩いていたら男は急に振り返った。
びっくりして一歩下がる。



「...僕はクロテ。」


「く、くろて...!?」



クロテって...黒蝶?!

そんな言葉が頭を巡ったとき、ちょうど電灯に光が戻り辺りが明るくなる。そこで俺は目の前に立っているものに驚かされた。


絹のような細く光り輝く髪、霧のかかったようなくすんだグレーの瞳。
薄く笑った口元。

そんな整った顔をした青年が目の前に立っているのだった。


優しげな人とは思ったが、こんな若め(20代前半ぐらいか?)の人だとは思わなかった。呆気にとられガン見していると彼と目がった。




「――あ、光戻ったね、どうする?一人で家に帰れるかな?」


周りを見渡すと、いつの間にか俺たちは街の中心に戻ってきていた。暗くてちゃんと進めてるのか不安だったがきちんと案内してくれたようだ、ここなら地図がない俺でもわかる。

――が、しかし。


うなだれてため息をついた。


「どしたの」
「えっと、実は...奴らに絡まれる前に、財布をすられたみたいで」


帰る家もなにも、今日寝る場所すらないのだ。今日は見て回るのが目的だったから宿代の入った財布以外持ってなかったし...


「な!ぷ...っあはは!ほんと、面白い人生を歩んでるね、君!」
「~っ!!好きで、すられたわけでも絡まれたわけでもないですから!!」
「ははは、ごめんごめん怒らないでよ」

涙を浮かばせて笑っている。
その笑顔、殴りたい。

俺が睨んでると、涙を拭きながらクロテが近づいてきた。


「もしよければ、僕の事務所くる?」

「えっ...クロテさんて探偵なんですか?!」


その人の良さそうな雰囲気からは想像もできないけど。


「まあそんなとこ。どうする?」
「...」


にこりと笑って手を差し出してくる。

俺はその手を見ながら黙り込んだ。


――この人は確かにいい人っぽいけど、本当に信じていいのか?



「...」


頭をブンブンと振り、俺は自らの頬を叩いた。


ここまで助けてくれたクロテさんを疑うなんて馬鹿じゃないのか俺!




「一日だけ、甘えさせてもらってもいいですか!」


「はは、わかった。じゃあ少し歩くからついてきて」



そう言ったクロテさんはどこからか杖を出し、前を先導し始めた。しかしその足取りはどこかおぼつかない。杖で前を確かめながら歩いてるし…まさか、目が悪いのか?いやでもさっきまで普通に歩いてたし…んん??

俺は不思議に思いながら、クロテさんについていった。