――碧い海が次第に夕陽の緋色へと染まってゆくのを窓辺から眺めながら、陸は物思いに耽っていた。
きっと昔から自分は、この窓から海を眺めるのが好きだったのだろう。
記憶がなくとも、こうして身体に感覚や習慣として浸透しているものがあるのだと、春雷に来てから実感することがとても多かった。
例えば――玄関の広間から自室へ辿り着くまでの階段の段数や扉の枚数が何となく判ったり、庭園に勝手に住み着いている猫を見掛けても特に違和感を覚えなかったり。
記憶は飽くまで“霊奈 陸”としての自分を形成する上の、ごく一部分に過ぎない。
月虹で奪われた記憶のことは考えず、父や兄に守られて過ごすのは確かに楽な選択肢だ。
『あるんだよ、陸。俺は…どうしても戻らなきゃならないんだ』
――あれ以来、月虹からの追手は現れていない。
その代償に、風弓が危険な目に遭っているのではないかと不安になる。
晴海は自分を家族と引き合わせてくれたのに、自分は彼女の父親や弟を犠牲にした上に、彼女を母親からも引き離してしまった。
『でも…もう逢えないよ。二人共ね、もう何処にもいないの。私が小さい頃に事故に遭って、それで…』
このまま晴海に事実を告げず傍にいて貰うなんて、虫の良い話ではないか。
何故風弓は、晴海と逢わずに月虹へ戻ったのか。
何故晴海は、風弓が能力者であることを知らないのか。
ずっと抱いていた疑問に関しては、あの人のことを知ると言う父の話を聞いて漸く合点がいった。
全容を包み隠さず話すことは出来なくとも、晴海にはせめて“彼”に自分がどれだけ救われたか、彼が月虹でどんな様子だったかだけでも教えたい。
真実を知ったら晴海は悲しむかも知れない――それでも、何も知らないままより余程いいと思った。
何も分からない、ということの不安や孤独感が如何程であるかは、この四年間で自分自身が一番痛感している。
きっと昔から自分は、この窓から海を眺めるのが好きだったのだろう。
記憶がなくとも、こうして身体に感覚や習慣として浸透しているものがあるのだと、春雷に来てから実感することがとても多かった。
例えば――玄関の広間から自室へ辿り着くまでの階段の段数や扉の枚数が何となく判ったり、庭園に勝手に住み着いている猫を見掛けても特に違和感を覚えなかったり。
記憶は飽くまで“霊奈 陸”としての自分を形成する上の、ごく一部分に過ぎない。
月虹で奪われた記憶のことは考えず、父や兄に守られて過ごすのは確かに楽な選択肢だ。
『あるんだよ、陸。俺は…どうしても戻らなきゃならないんだ』
――あれ以来、月虹からの追手は現れていない。
その代償に、風弓が危険な目に遭っているのではないかと不安になる。
晴海は自分を家族と引き合わせてくれたのに、自分は彼女の父親や弟を犠牲にした上に、彼女を母親からも引き離してしまった。
『でも…もう逢えないよ。二人共ね、もう何処にもいないの。私が小さい頃に事故に遭って、それで…』
このまま晴海に事実を告げず傍にいて貰うなんて、虫の良い話ではないか。
何故風弓は、晴海と逢わずに月虹へ戻ったのか。
何故晴海は、風弓が能力者であることを知らないのか。
ずっと抱いていた疑問に関しては、あの人のことを知ると言う父の話を聞いて漸く合点がいった。
全容を包み隠さず話すことは出来なくとも、晴海にはせめて“彼”に自分がどれだけ救われたか、彼が月虹でどんな様子だったかだけでも教えたい。
真実を知ったら晴海は悲しむかも知れない――それでも、何も知らないままより余程いいと思った。
何も分からない、ということの不安や孤独感が如何程であるかは、この四年間で自分自身が一番痛感している。


