――コンコン、ガラ


「はい」


やっと来たかな。俺は、今扉の前に居るであろう人物を待ち構えていた。

……って、あれ、違った。


開いた扉から入ってきたのは、予想していた人物とは違っていた。


そうだ、忘れていた。


午後のリハビリのあと、俺の所属している病棟に退院の報告に行ったんだった。その時、仕事復帰についての話をしようと上司を訪ねたが、各部署の主任クラスでなにやら会議があっていたようで不在だった。


ピッチに連絡しようとも思ったけれど、迷惑だろうからと、尋ねてきた事だけ伝えてもらいように頼んできたんだった。


明日も師長は出勤になっていたから、明日の朝にでもまた訪ねようと思っていたところに、わざわざ師長から病室に赴いてくれたみたいだ。


「……お疲れ様です」


すぐに反応できなかった俺に、師長は可笑しそうにクスクスと笑った。


「ごめんなさいね、突然。あなたが詰所にきたって聞いたから。彼女だとでも思ったかしら?」


あー、だから笑っていたのか。


俺が美沙だと期待していたけれど違って、反応が遅れた事に気づいていたのか。


「……知ってたんですね」


「堂々と病室に訪れているんですから、噂になってますよ。隠すつもりも無さそうで、特に業務に支障もきたしていないから、みんなそっとしているみたいですけどね」


「そうですよね」


やはりみんな知っているらしい。みんな知っているのなら、他の男性スタッフへの牽制にもなるだろうか。忘れかけていたけれど、美沙は病院内では人気があるんだった。といっても、男性スタッフ自体少ないけどな。


1番男性スタッフが多いのはリハビリだけど、そのリハはあいつらが居るから大丈夫だろうし、他スタッフなんて数えられるくらいしか男は居ないから俺1人で牽制できる範囲だろう。


「ただの患者とスタッフなら絶対にダメですけど、山下くんは患者でも特殊だから目を瞑ってたんですよ。あまりに目立つようなら注意されていたでしょうけどね。もう、退院みたいですし、スタッフ同士になれば完全に自由ですから」


「すみません、俺も浮かれてちょっと迂闊でした」





少し、自分の行動を後悔した。


医療人としては本来ダメなことだって分かっていたはずなのに、自分はスタッフだからと甘えている部分があったことは確かだ。周りから見たら、俺よりも美沙の責められてもおかしくないよな。


上の人たちが寛容で、理解のある人たちでよかった。