樹は大病院の跡取り息子で、全統模試でも常にトップ争いをしている秀才だ。
なのに…
「東堂先輩、私、木崎でひゅ。
イイ加減覚えてくだひゃい。」
百合に片側の頬をムニュムニュ弄られたまま、日向は溜め息を吐いた。
そう、彼は一向に日向の名前を覚えてくれない。
それと言うのも…
「百合以外の女の名を記憶する必要があるとは思えないな。
それより早く百合を放せ、一年女子。」
…
出たよ、とんでも理論。
出たよ、愛の塊発言。
てか、抱きつかれてンのはコッチだっつーの。
コレを真顔で言っちゃうンだもん。
ほんと、ドコからドコまでが冗談なのかわからない。
(まぁ、愛の塊なのは冗談なんかじゃないヨネー…)
腕を離して隣に腰を下ろした百合に、持ってきたトレーの片方を差し出す樹を眺めた日向は、こっそり口角を上げた。
始まるゾ。
声を掛け合うコトもなく交換される、サラダのトマトとナスの漬物。
うん、阿吽の呼吸。
お互いを知り尽くした者同士の穏やかであたたかな空気が、いつも彼らの間には流れている。



