そう。
さっき話したことは、全部綺麗事。
あの頃すでに、あらゆるパイプを持っていた。
その気になれば、本格的に警察を動かして女を捜索することも出来たのだ。
女の身元を割り出すことも出来たのだ。
だが、そうしなかった。
なぜなら…
「小さなアンタを抱いて。
アンタのぬくもりを感じて。
私は… 夢を見てしまった。
母親になれるかも、なんて…」
とうの昔に諦めた、叶うはずのない夢だったのに‥‥‥
由仁から目を逸らした杏子は、奥歯を噛みしめて窓の外に広がる日が落ちた坪庭を見た。
零れそうになる涙を堪えて。
「謝らなきゃならないのは、私なンだよ。
ジン、アンタの母親は確かに亡くなってた。
でもアンタには、アンタの誕生を待ってた父親も、ジーチャンもバーチャンもいたはずだ。
私はアンタからその全部を取り上げときながら、今までエラソーに母親面してたンだよ。」
彼は今、どんな顔をしているのだろう。
何を思っているのだろう。
この部屋も、窓の外のように暗ければよかったのに。
見たくない。
知りたくない。
許されるはずがない…



