空狐を座卓に下ろした杏子は、眉間に深い皺を刻んで俯いた。
あの日見た、白く巨大な獣。
あの日感じた、絶大なチカラ。
人間ごときになんとか出来るとは思えなかった。
長い時をかけて食われたのは、由仁なンじゃない?
気づかないうちに、由仁は由仁ではなくなってしまっていたンじゃ‥‥‥
「大丈夫、大丈夫。」
優しく掛けられた声。
頭を撫でる大きな手。
杏子が顔を上げると、いつの間にか傍にきていた由仁が柔らかく微笑んでいた。
「だーいじょぶ。
俺は、俺だから。」
(…
ナマイキ言いやがって。)
ナニ頭撫でてやがンだ。
ついこの前まで、オネショして泣きベソかいてたクセにさ。
杏子は胸のうちで毒づいた。
だが、安心する。
彼の『大丈夫』を聞くと。
彼の笑顔を見ると。
大きくなったンだね。
不安に沈む親の心を、拾い上げることが出来るくらい。
安堵に緩みそうになった杏子の頬は…
「ねー、それより杏子さん?
聞きたいコトあンだケド?」
由仁の言葉で再び強張った。



