俺も瑳峨野も高校生。
しかし両者とも部活動に励んではいない。
部にも生徒会にも所属していない。

学生としてはあるまじき姿かもしれない。
だが、今となって初めてその事実はプラスの働きを見せようとしていた。

夕陽の光の差し込んだ教室で一人。
俺は瑳峨野を待っていた。

「放課後、教室で待ってる」
短い文を携帯に打ち込み、其れを送信する。
「わかった」
向こうからも短い言葉が打ち込まれてメールが返ってきて、其れを見たときから俺の心臓は随分と煩い。

告げなければいけない。
告げなければいけない。
告げなければいけない。

焦燥に駆られた想いが今にも飛び出さんとばかりに俺の体内を駆け回る。

先刻から緊張で汗が体中を這って気持ち悪さを感じたが、それ以上に別れを告げた後の瑳峨野の反応を想像したときの方が数百倍気持ち悪く感じた。
べっとりと汗で濡れたワイシャツを力強く握ると、深呼吸を一つ。
決して緊張が全て収まった訳ではなかったが、何もしないよりかは比較的マシになった――なんて思ったのも束の間。

ガラリと開かれた扉の隙間から瑳峨野が見えた瞬間、すべてが逆戻り。

ドッドッどっドッ
心臓煩い心臓煩い心臓煩い心臓煩い心臓煩い

深呼吸前よりも遥かに速いスピードで脈を打つ臓器をボンッと力強く叩くと、極力表情がでないように俺はヘラリと締りのない笑みを浮かべて此方を見詰めてくる瑳峨野に近付いた。

「どうかした?
珍しいよね、そっちから俺を呼び出すなんて」
いつも俺が誘ってばっかりだからね、新鮮で嬉しいけど。

他の人に見せる事のない無邪気な子供のような笑顔。
これも今日で見納めだ。
其れを思うとキュウと胸が締め付けられて痛く感じた。

「?」

暫く黙り込んでいると、瑳峨野は首を傾げながら心配そうに、愛おしそうに俺の顔をのぞき見た。
やめろよ、やめてくれよ。
そんな顔すんなよ。

苦しくて、苦しくて。
其れから逃げたくて汗でびしょびしょなのにも拘らず俺はワイシャツの裾を力強く握り締めたまま決して瑳峨野の顔を見る事なく口を開いた。

「終わりにしたい。」
「―― …………え? ど、どういう意味?」

突然の俺の発言に頭がついていかないとばかりに驚きを隠せない声で俺に言葉を返す瑳峨野。

「だからッ、……恋人、やめたい。
お前の、恋人、やめたい。
もう、我慢出来ない、無理だッ!!!」

お前とはもう付き合えない。

必死になる余り瑳峨野の顔を直視する羽目になった俺。
瑳峨野の顔は、呆然としていて未だ事態を全て飲み込めていないようだ。
中々言葉を紡がない瑳峨野に対して痺れを切らした俺は最後の言葉だと心の中で呟いて短く呼吸してから言葉を紡ぐ。

「恋人やめたい、じゃなくてやめる。
じゃーな、瑳峨野。

さようなら」

余りに呆気ない最後だったと思う。
俺の声も思っていたよりは震える事がなくて、冷静で落ち着いた声だった。

其のあと俺は鞄を持ち上げ教室を後にした。

瑳峨野がどの様な表情を其の時浮かべていたかなんて俺はしらない。

唯、瑳峨野は何も言葉を発する事がなかった。
俺の後を追ってくることもなかった。

結局、瑳峨野にとって俺は小さな存在の一つに過ぎなかったのだろう。

其れを考えると自然と瑳峨野に対する俺の気持ちも冷めていった。
――否、冷めていってると俺が唯単純に思い込みたくてそう思ったのかもしれないけれど。

夕陽の綺麗な秋の終わり。
俺と瑳峨野は「恋仲」をやめた。