「あんたなんかいらない……っ!こんな、薄っぺらい音しか出せなくなるってわかっていたら、始めから愛さなかったのに!あんたも、あの人も……っ!」
苦しみの深みに沈んだ音は、彼女にとってはただの黒いだけの、一色の音に過ぎないようだった。
きっと、色鮮やかな音色を奏でていた彼女にとっては、その音が一色でどんなに心に重く響く音だとしても、ただの『薄っぺらい』音なのだ。
ぼろぼろと涙をこぼす母親の姿を見ているのがつらくて。
痛みに溢れた言葉を浴びせられるのもつらくて。
ここから早く逃げ出したいのに、どうしてか足が動かなかった。
「……あの人のために、……あんたのために、私はたくさん諦めたのに」
……どうして、逃げ出せなかったんだろう。
どうして、最後まで母の言葉を聞いてしまったんだろう。
そう思うほどに。
「……あんたなんか、いらない……!」
もう一度、吐き捨てるようにそう言った母の視線は、残酷だった。
ゆっくりと視線をこちらに向けてきた母の目は、俺を心の底から憎んでいるようだと思った。
「……っ」
────その視線を向けられた瞬間、ぞくりと背筋を走ったのは紛れもなく、恐怖。


