「はじめからいなくなるって分かっていたら、愛さなかったのに。あの人も……、航も」
聞いている俺の方が苦しくなるほどに痛みが滲みだした声を聞いて、ようやく。
『父親はもう戻ってこない』という先程の言葉の意味を理解した。
……母親らしくない母親だった。
それでも俺はたったひとりの母であるこの人が大好きだったし、このままでもなんの不満もなかった。
……だけど。
きっと父にとっては違ったんだ。
ともすれば俺や父親よりもピアノのほうが大切なのではないかと思えてしまうほどの母親を、きっと父は許せなかったんだ。
母はそれでも家族をなにより大切にしていたのを俺は知っていたけど、そんなふうに思っていたのは俺だけだったのかもしれない。


