────いつもなら、明るく、楽しげに音が跳ねるのに。
まるで別人が弾いているかのような重厚で深みのある音。
それはたしかに素人じゃ出せないような音だったけれど、いつもの母親の音ではなかった。
……こんな音が出せたのかと、驚くしかなかった。
「ふふ……、おかしいでしょ?まるで音符が苦しんでいるみたい。鍵盤がいつもより深く沈むような気がするの。
今までこんなことなかったのに、すごく……音が黒いわ」
いつだってカラフルな音色を奏でる彼女にとって、自分の音にはいつだってパステルカラーの色が付いているらしい。
頭の中で、指の上で、楽しげにまんまるの音符たちが踊るから、いつだって幸せにピアノが弾けるのだと、いつだったか、そう言っていた。
「おかしいのよ、航。私、いつだってピアノを弾くのが楽しくて楽しくて仕方がなかったのに。……今はすごく、この子が憎い。……思い通りの音を出してくれないこの子が嫌だって、生まれて初めて思った」


