────雪岡と同じように、とても色鮮やかな音色が特色だった、母親のピアノ。
天真爛漫、という言葉がぴったりな性格がピアノの音にも出ているかのようだった。
超絶技巧を要するとされる難曲でさえ、その難易度を感じさせないくらい滑らかに、軽やかに弾ききってしまう。
『あのね、航。意味のない音なんてひとつもないの。
この小さな装飾音だって、たくさん重なる和音の一音だって、全部作曲者の想いがこもっているんだから』
何度、そう言い聞かされたかわからない。
それは幸せそうに楽譜を眺めて、楽しそうにピアノを弾いていた頃の母親の口癖だった。
朝から晩まで、カラフルなピアノの音色が聞こえていたあの頃。
演奏に没頭すると時間も忘れてピアノに向かう母親は、家事をおざなりにすることも多くて、母親としての役割を果たしていたとは決して言えないかもしれない。
それでも俺は、生き生きとピアノを奏でる母を見るのが、大好きだった。
母親にとって、ピアノが何よりも大切で、生きる意味で。
だから、すごく戸惑ったのだろう。
自分の思い通りの音が弾けなくなったことに。
……その変化は、本当に突然だったから。


