二重人格三重唱

 「仲いいね、あの二人。あれが自慢のお婿さん?」
不意に、常連のお客が言った。


「え、えーっ、何故知ってるの?」
節子はその人をマジマジと見た。


「何、言ってるの。この前話していたわよ。物凄く頭の良いお婿さんだって」

どうやら節子は、誰彼構わす翼の自慢話しをしたらしい。


「あちゃー。お願い、陽子には内緒にしてね」
節子は顔の前で手を合わせた。


「高いわよ……。嘘、嘘状態よ」
その人はゲラゲラと笑い出した。


(あーあ、本当にお婿さんになってくれたら嬉しいのに)

節子はため息を吐いた。


「あっ、そうだ。ねぇ、栃の葉っぱ無い?」


「栃の葉っぱ? もしかしたら、何時か話してた大滝名物?」


「そう、それ。婿にどうしても食べたせたくなってね」


「そう言えば、家の近所にあったわ。待っててすぐ貰ってきてやるから……」

その人はそう言うが早いか、車に乗り込んだ。


「嬉しい。後は餅米ね。これは、お赤飯にするヤツで間に合うか?」

節子は嬉しそうに、そそくさと店の中に入って行った。




 三度踏み切りを渡る。
駅のホームを見ながら、節子の家の前を通り過ぎる。


丁度ホームの途切れる箇所に丁字路があった。
陽子はその道を曲がった。
翼もその後に続いた。




 暫く行くと幾つもの曲がり道がある。


「この道は近回り。あの道は遠回り。でもみんな同じ其処の道にぶつかるの」

陽子が指を差しながら言っていた。
翼はそれらの道を目で追いながら、陽子の言葉を聞いていた。


「で、結局どの道を行くのかな?」
翼が悪戯っぽく言った。


「うーん……やっぱり遠回り。だってこうしていっぱい歩きたい!」

陽子は翼の手をそっと取って、自分の指に組ませた。


翼はそんな陽子に感銘を受けなが、そっと背中に手を伸ばした。


《あ・い・し・て・る》
心を込めて一文字一文字書く。


「翼、くすぐったいよ」

陽子はそう言いながらも、神経を集中させた。




 (私も……あ・い・し・て・る)

陽子は翼の指先を心の目で追いながら、心体共々熱くたぎらせていた。