二重人格三重唱

 「翔はさっき帰ったよ。陽子のコーヒー誉めていた。美味しいってね」

翼は手作りクッキーを口に運びながら優しい嘘をついた。
それが陽子に対する思いやりだと信じて……


「何これ? このクッキー何入れたの?」

翼は一口だけで食べるのを止めていた。


「そんなに美味しくない? 肥満児のためにオカラクッキー作ったの」


「オカラ? どうりでモゴモゴするはずだ」

翼は笑いながらクッキーを又口に運ぶ。


「うん、我慢すれば何とか食べられる」


「こらっー!」
陽子は冗談に拳を握る真似をした。


翼と翔の間で何かがあったことは薄々感じていた。
翼が何時もの翼でなくなっていたから……


(でも……一体何のために?)

陽子は翔の来た目的が解らなかった。


そしてもう一つの疑問……


翔はコーヒーを飲んではいなかったのだ。

コーヒーカップにそのまま残されて、陽子は自分のために用意してくれた物だと思っていたのだった。


陽子はコーヒーポットをテーブルに置いた後、焼き上がったクッキーをオープンから取り出していたのだった。


保育園では、肥満児が急増していた。
その対策の一つがオカラ入りクッキーだったのだ。


砂糖と玉子とスキムミルクと片栗粉で作る赤ちゃん用の玉子ボーロも用意していた。


「名付けてフィンガーボーロ。コッチも美味しいよりってゆうか、お口直し」

陽子はウインクをした。

翼は笑いながら、まだオカラクッキーの残っている口にそれを運んだ。


「うん、これは美味しい」

翼は素直に言った。


「優しい味だね。まるでお母さんのようだ」

陽子の手に自分の手を重ねた翼。
その温もりの中で、本当は恋しくて仕方ない薫を思い出していた。