このままでいたかった。


ずっと抱き締めていたかった。


陽子も同じだった。

でも陽子は翼の手をそっと外し、ウエディングドレスの入った袋を抱えた。


「何しているの翼。早く病院に行って着替える場所借りてきて」

陽子に言われてハッとした翼。

急いで病院へ向かった。


二人は看護士の案内で、六人部屋に入った。

廊下では、看護助手がベッドを磨いていた。


「退院したらみたいね」


陽子が言った。


「だから此処が使えるのか」


部屋の隅のベッドの無い囲いの中で着替えをしながら翼が言った。


翼には少し大き目なタキシード。


「少し翼のこと大きく見すぎたかな?」

陽子が悪戯っぽく笑う。

翼の全身が震えた。


翼は震える体を隠そうともしないで思いっきり陽子を抱き締める。


「ありがとう陽子! さあこれから病室へ戻って結婚式を挙げよう。お祖父ちゃん喜ぶなー」

翼は空いていたスペースに深々と頭を下げた。




 エレベーターを待ちながら、感情が高まる。


でも二人は手を握り締めたまま、ずっと待ち続けた。


やっと乗り込む二人。

その途端にキスをする。


余りに長い間待ち続けて、止められない。


途中の階でエレベーターが止まる。
キスを止めない二人。

外で待っていた人が呆気に取られ乗り込むことが出来ない。


「わー!」
病室が開いた途端で歓声に包まれる二人。


「おお!」
勝は目を輝かせる。


「ありがとう陽子さん!」
か細い声で精一杯言う勝。

感動で病室内が包まれる。


「陽子アンタは偉い!!」
そう言ったのは陽子の母の節子だった。
節子は勝の危篤を知り、慌てて夫婦で駆けけたのだった。


ずっと、ずーっと思っていた。
翼を婿にしたいと。
一緒に暮らしたいと。
実は、節子は勝から翼のことを密かに頼まれていたのだった。


自分はもう長く生きられないと勝は感じていた。
だから残していく孫が心配だった。
そんな時に、陽子が現れたのだ。
勝は陽子に翼を託そうと思った。
でもそれは自分の勝手な思い込み。
当の陽子と翼にその意志があるのかさえ知らない。

だからあの時、陽子と翼が付き合うことを決めた時、本当に嬉しかったのだ。ホッとしたのだ。
だから……


『これでやっと死ねる』
そう言ったのだった。