「陽子さんいるか?」
苦しい息の中、勝は陽子を呼び寄せる。


「翼を頼む!」

陽子がうなづく。


「せめて、結婚式までは生きていたかった」
勝は泣いている。

陽子は翼の手を取り、一緒に勝の手に重ね合わせた。




「お父さん!」
急を聞いて薫が駆けつけてくる。

何時もと違い薄化粧な薫。

自慢のヘアースタイル・前下がりボブが揺れる。


「香? か?」
勝は目を見開いた。

薫は慌てて髪をいじった。


「やあね。私は薫よ。そうでしょうみんな?」
薫は集まった親戚連中に向かって声を掛けた。

一同頷いた。


「ほらね」
薫は勝に確かめるように言った。


「いいや、香だ。そうか、そう言うことだったのか。だから翼を……」
勝は悲しそうにその目を閉じた。

勝の頬に涙が流れる。


「あれっ! 陽子は?」
翼が見回す。

陽子は何処にもいなかった。




 「あれっ、陽子!?」

何気に庭を見た純子が言った。


翼は慌てて、純子の視線の先を見た。


其処には確かに庭を走っている陽子がいた。


翼は純子に勝を頼んで、病室を後にした。


急いでエレベーターに駆けつけ間違って上のボタンを押す。


それに気付いて下のボタンを押す。


翼はイライラしながら暫く待っていたが、シビレを切らして階段を探しにその場を離れた。

その直後にエレベーターのドアが開く。


翼が慌てて戻った時に、ドアは閉まっていた。


翼はもう迷わずに、階段を駆け降りた。


翼は陽子の後を必死に追った。

さっき陽子の走って行った方向に何があるのか翼知らない。

でも勝が一番喜ぶことだと解っていた。


走っても走っても陽子に追いつけない。

翼は途方に暮れていた。

それでも翼に不安はなかった。


――陽子のことだ……

翼は次の答えを探した。


でも出て来なかった。




 途中で大きな袋を抱えた女性に遭った。

荷物で顔が隠れていて、誰なのか解らない。


でも翼は陽子だと思った。


袋の中から少しだけ見えていた物があった。


翼は陽子を後ろから抱き締めた。


陽子は突然の翼の抱擁に驚いて、抱えていた荷物を落とした。

袋の中で、ウエディングドレスが揺れた。


「ありがとう陽子!」

翼は陽子に感謝の気持ちを捧げながら、陽子を抱き締め続けた。