「本当は……、これが見たかったんだ。ありがとう陽子さん」

勝はロックのしてある車椅子からゆっくり立ち上がった。


両手を広げ、パワーを体に感じようと目を閉じた。

少しフラつく足元。
陽子は精一杯勝をサポートした。


「あっ!」
突然勝が叫んだ。

コミネモミジの上側の西善寺の門が光輝いていたからだった。


「幸子……」

そう勝は言った。


でも、其処に居たのは翼だった。

翼は忍から連絡を受け、自転車を走らせたのだった。


(何故? 何故此処だと解ったの?)

でも、そんなことどうでもよくなった。

陽子はすぐに翼の元へ駆け付けた。


でも陽子の脳裏に、あの物見遊山の立て看板がよぎった。

陽子は慌てて繋ごうとした手を引っ込めた。


照れ隠しに勝を見た陽子。

その時、勝は泣いていた。


「幸子……」
勝はもう一度言った。


「お祖父ちゃんはきっとお祖母ちゃんに遭っているんだと思うよ。あんな穏やかな顔久しぶりに見たな」

翼はそう言いながら目を細めた。




 「幸子さんっておじ様の奥さんだったの? 名前の通り幸せな人ね。おじ様にあんなに思われて」

陽子は勝の傍にいるだろう幸子の亡霊が、所謂お迎えではないことだけを願っていた。


「バレンタインデーの奇跡だね」
でも、翼はそう言った。


(あ、そうだった! 今日はバレンタインデーだった。ヤバい……チョコレート買うの忘れていた!)

陽子は現実に戻って急に震えだした。


「翼ゴメン、実はチョコレートなんだけど……」

上目遣いに恐縮がる陽子。


「あっ、そうだ。陽子バレンタインデーの意味知ってる?」

突然フラれて陽子は戸惑った。


「女の子から大好きな男の子にチョコをあげて愛を告白する日」

違うことは解っていた。
それでも陽子は翼を見つめてそう言ってみた。


「違うよ。それは神戸のモロ何とかと言うチョコレート会社が始めたことだよ」


「東京じゃメリーさんかな?」

陽子は翼の耳元でメリーさんの羊を歌い出した。


「本当は知ってるよ。確か戦争で戦地に赴く兵士に結婚式を挙げさせたからバレンタイン牧師が処刑された日だって……」


「実は今日その事実を知ったんだ。だから……」

翼は急に押し黙った。