それはバレンタインデーのことだった。
退院では無いが、一時帰宅が許されたのだった。

まさに寝耳に水だった。

勝は看護士に何度も何度も確認していた。


急に決まった一時帰宅。
そのために忍も純子も迎えに行けない。
仕方なく、純子は陽子に連絡をとった。
陽子は通っている短大は卒業準備のために偶々休みだったのだ。


純子からの緊急連絡を受けて陽子は舞い上がった。

信頼してくれている。
そう感じたからだった。


陽子は意気揚々と町役場に向かい、ステーションワゴンを忍から借り受けた。


こんなこともあるかもしれない。
そう思って練習していた甲斐がある。
陽子はちょっぴり浮かれていた。




 「実は、陽子さんに頼みがあるんだ。聞いてくれるかな?」

看護士に聞こえないように耳打ちをする勝。

その途端、陽子の目が輝いた。


勝の頼み。
それはコミネモミジを見ることだったのだ。


(翼が話したのかな?)

そう思った。
でも真相は聞けなかった。


ステーションワゴンから車椅子を取り出し、勝の座席に横付けした。
まずしっかりとロックをする。
少しずつ勝を移動させ、クッションの上に乗せた。


膝掛けや使い捨てカイロなどで防寒対策を施した後、ロックを外す。


「此処で良いよ」
そう勝は言った。
勝の視線の先に目をやると、塀の屋根越しにコミネモミジの上部が見える。


「どうだ、物凄くデカいだろう?」


「ねえおじ様。もっと近くで見ましょうよ」

陽子はそう言いながら、以前翼と歩いた墓地へと繋がる小道へ向かった。

陽子は其処を後ろ向きで進んだ。


少しの坂道でも、車椅子の利用する者にとっては恐いものなのだ。
陽子はその事実を保育士の修業過程で知った。

本当は今日初めて試してみたのだった。


でも陽子のぎこちないサポートも、役に立ったようだった。


勝と陽子は何とかコミネモミジの前まで進んだ。