ドアを叩く。
激しく叩く。
それでも何の返事も無い。


体当たりをしてもビクともしない。
翼は狂ったように、何度も何度も自分の体を打ち付けた。


それでも……
ドアは開かなかった。


翼は仕方なく廊下にあった消火器を振り上げた。


凄まじい音と共に、ドアが破壊されて行く。

其処から垣間見た真実に翼は目を疑った。


陽子は下着だけでベッドの上に寝かされていた。


部屋の中では何も出来ない孝がウロウロしていた。


「お前、コーヒー飲まなかったのか?」
孝が聞く。


「僕が父さんのコーヒーを飲めないこと知らなかった? 苦過ぎるからイヤなんだ」

翼は陽子の前に立ちはだかった。


「コイツの目が俺を誘ったんだ」
孝は苦しい言い訳を繰り返していた。




 翼が一口だけ飲んだコーヒー。

陽子が気を使って全て飲み干していた。


でも陽子の爆睡の理由はそれだけではなかった。

孝は持ち込んだコーヒーサイフォンの中にある隠し味を施したのだった。


睡眠薬だけではなかったのだ。
だから……
陽子も薫も熟睡してしまったのだった。

たった一口飲んだだけの翼も寝てしまう位の濃度の高い代物だったのだ。


翼にはみんなが絶品だと言うコーヒーの味が解らなかった。


翼にとってはただの苦い飲み物だったのだ。


その時翔が帰って来た。

翔は居間で眠っていた薫を揺り起こし、二階へ上がって来た。


「親父! いい加減にしろよ!」

ベッドで眠っている陽子を見て、翔は逃げるように部屋に入った。


でも翔はこのことが気掛かりたった。
再びドアを開け、みんなの様子を見ていた。


薫は目を擦りながら寝室へ入って来た。


陽子の下着姿を目にした瞬間、薫は目を剥いた。


「これで分かったわ。私の時も同じ事をしたのね!」

薫は狂ったよに孝の胸を叩いた。


「えっ!」

翼は意外な薫の言葉に耳を疑った。

その言葉がどんな意味を持つのか、見当もつかない翼だった。


翼と陽子が結婚する前に、抑えきれない感情をぶつけようとした孝。
薫はきっとこのような修羅場を幾度も体験してきたのではないだろうか?


翼は今改めて、陽子を守り抜く事を誓っていた。