陽子は北辰の梟に手を合わせながら、自分が働いて翼を支えようと思い初めていた。


陽子はトイレに行くフリをして、北辰の梟の絵馬を買った。

《翼。東大合格》
そう書き込んだ。




 秩父神社の鳥居から御花畑駅に通じる馬場通りは、ごった返していた。

二人は比較的流れている、線路伝いに御花畑駅を目指した。

談合坂の脇に備え付けられた椅子には、大勢の人が座っていた。

これから此処で秩父夜祭り最大のメイン、山車屋台の引き登りが始まろうとしていた。




 何時か二人で行った羊山公園。

其処に仕掛けられた花火が始まる。

その途端に体がぶれる。

二人は抱き締め合った。

そうでもしない限り、引き離される可能性もあった。

二人は堂々と、恋人同士としての特権を行使した。

体が左右に揺れ、体ごと何処かに持って行かれる。


翼と陽子は離れまいとして必死だった。


秩父夜祭りの夜を満喫しようと、大勢の人々がこのイベントに酔っていた。




 山車の集結した会場から抜け出すことは、来る時以上の苦労だった。

とてもじゃないけど、二人の乗り合わせた御花畑駅など行けるはずがなかった。


でも、それどころではなかった。山車屋台の引き登りのために電線を切断したのだ。
そのためにかなりの時間電車は走れなくなるのだ。




 だから二人は国道に出て坂凍バス停横を通り堀内家を目指した。


陽子を送り届けた翼は、国道を歩いて帰えることにして堀内家を後にした。


陽子は翼を見送りながら、抱き締めたくて仕方ない自分を抑えていた。


愛された記憶のない翼。

愛し方も知らない翼。

デート度に舞い上がる翼。

手が触れただけで全身に稲妻が走ったような衝撃を受ける翼。

ちょっと笑っただけで、棒立ちになる翼。

陽子はそんな翼が大好きだった。

可愛くて可愛くて仕方なかった。

全部が翼だった。
全部が全力て守ってあげたい翼だった。


純子と忍夫婦の前でも、陽子は思い出す度に笑った。

姉の純子はそんな陽子を暖かく見つめていた。


陽子は短大二年生で、卒業後は保育士になることが決まっていた。


「後は翼君の両親だけね」
純子が陽子に耳打ちをする。
陽子は恥ずかしそうに頷いた。