「あっ、色付いている」


翼も雄々しい枝の一部分から目が離せなくなった。


「これが二人の愛の成せるワザだ」

翼が感慨深げに言う。
陽子は頷いた。




 樹齢六百年と言われるコミネモミジ。

その堂々とした姿に感銘を受け、二人は暫し無言で、何処かの道を歩いていた。


今歩いている道が、やがて国道2992号線に繋がることを二人は確信していた。


でも、歩いても歩いてもそれらしい道が出て来ない。

次第に不安になった。


「この道で良いのかな?」

翼が口火を切った。


「多分……」

陽子が不安そうに言う。

二人は周りを見回した。

前も後ろも誰も歩いてもいなかった。

さっきまで八番札所西善寺にいたお遍路さん達もいなくなっていた。


陽子は翼の手を強く握り締めた。

びっくりして翼が陽子を見つめた。


「見て、この道の先砂利道になってる」

今にも泣きそうな陽子。

良く見るとその砂利道は山へと続いていた。


「やっぱり引き返そう」
翼はそう言うと、陽子の手を掴んで今来た道を引き返した。


「これも勇気のいることね」

陽子は翼の腕にしがみついた。


コミネモミジの寺の脇を通り過ぎる時、お墓参りだと思える人がいた。

手には線香と花束。


「お墓があるの?」


「きっとあるんだろな」
言ってはみたけど気になった。

二人はそっと後を付いて行った。


駐車場の脇の小道を暫く行くと、小じんまりとした墓所が現れた。

かなりの回り道だった。
でも思いがけない発見に陽子は興奮していた。

木戸からコミネモミジが見えていたからだった。


でも翼は神妙だった。

墓石中にある、無縁仏の墓らしき建物。
翼は思わず合掌していた。

四角いお墓。
その上には涅槃像。


「わー初めて見た。お釈迦様もきっと疲れるのね」


「そうかも知れないな」

翼はコミネモミジを見ながら言った。


「もしかしたらこの木も守っているのかな?」


「そうかも知れないね」

言ってしまってから陽子は笑い出した。


「真似してないからね!」

その言葉で翼も気付き、一緒に笑い出した。


可愛い翼。
陽子は急に抱き締めたくなった。

でも此処は霊場。
ただ耐えるしかなかった。


それでも陽子は気付いていた。
翼の心が泣いていることに。

涅槃とはお釈迦様の死姿だったのだ。