丁字路が現れた。
右に行くと切り丸太の丁字路。
その先の横瀬駅に通じる。


左に行くと、多分秩父札所八番西善寺。

でも其処は丁字路ではなかった。


今来た道のV字の形にもう一つの道があった。


「この道がさっきの工場へ続くのねきっと」

その道に目をやりながら陽子は、駅に続く道を反対に行く。


「この道は真っ直ぐコミネモミジのお寺に続いるのかな?」
陽子は少し辛そうだった。


「やっぱり持つよ」
見かねて翼がバッグに手を掛ける。
陽子は慌てて、その手を払った。


「ありがとう翼。でも大丈夫よ」
陽子は笑った。

翼は陽子の気持ちを察し、そっとバッグなら手を外した。




線路の下のガードを潜る。


その先に長い一本道。
右側に工場。


更に歩くと左側に地蔵堂。

明智寺と同じように赤い帽子を頭に被っていた。


陽子はそっと近付いて、又合掌した。
翼も後に続いた。


横には橋があり、その下に線路があった。


「さっきは上で、今度は下か……」


「それだけ上り坂だったって言うことかな」

陽子は、翼の手を取った。


「ねえ翼、賽の河原って知ってる?」


「名前だけなら……」


「私も良く知らないんだけどね。亡くなった子供達が賽の河原で親を思いながら石を積むと、鬼が出て来て壊すんだって。その子供達を守っているのが地蔵菩薩なんだって」


翼はその話を聞いて、目を輝かせた。


そして、一心不乱に祈りを捧げた。

その姿に陽子は温かい翼の心を感じた。

そして益々翼に堕ちて行ったのだった。


でも本当は、翼の心は泣いていた。

だから子供に戻って、地蔵菩薩に救いを求めたのだった。




 その先は坂道に続いていた。


「此処から観ると凄いな」
翼が歩みを止めた。

翼は秩父の象徴の武甲山を眺めていた。


「負の遺産だって誰かが言っていたわ。でも秩父の人の生活の糧なねよね。みんな其処を知らないのよ」
陽子が翼の傍でそっと呟いた。


「負の遺産か……」
この頃囁かれ始めたこの言葉を勿論翼も知っていた。
でも武甲山がそのように言われていることは知らなかった。

生活の糧と言う言葉も……

陽子の言葉は翼にとって刺激的だった。
そしてもっと陽子を知りたいと思った。


陽子は翼に温もりを届けたいと思った。

癒されない心を包んであげたいと思った。

陽子は翼と……
翼は陽子と共に成長したいと思っていた。