「コミネモミジってそう言えば新聞記事で見たことがあるわ」


又歩き出した二人。

場を繕うように陽子が言った。


「そうだろう。有名みたいだからな」

翼もやっと機嫌を治したような振りをした。


実は翼は拗ねてもいなかった。

陽子が余りに楽しそうだったので、それに乗った振りをしていただけだった。


「良かった。でも翼、拗ねた時とっても可愛かった」

顔を赤らめながら陽子が言う。


(このまま……拗ねて甘えようかな? でも、どうやったらいいのか解らない)

翼は陽子と恋人同士になれた喜びに体の芯から震えながらも、悪巧みを企てていた。


「さあ、待ってろよコミネモミジ。僕達のパワーで真っ赤に色付けでやるからな」

遂に……
翼が陽子の手を取る。

陽子はもっと顔を赤らめながら、翼を見つめた。


「コミネモミジを赤く出来るの?」


「二人なら出来るさ!」

力強く翼が言う。

陽子はそんな頼もしそうな翼を見て笑った。


「待っていろよ、コミネモミジ!」

調子づいて陽子が拳骨を天に伸ばした。
翼も遅れまいとして真似をする。

二人は笑い合いながら、ゆっくり歩き出した。


「きっとコミネモミジも、今の陽子の顔みたいに真っ赤になるさ」

不意に立ち止まり、陽子の耳元で翼が囁く。
翼は陽子をおちょくるように、今度は足を速めた。゛

これが翼の考えた浅はかな悪知恵だった。


「こらーっ!」

陽子は顔を更に赤くして、翼を追い掛けた。


翼は逃げる振りをして、陽子を挑発した。
捕まえて、抱き締めて欲しかった。


不器用な翼にはそれが精一杯の甘える行為だった。
陽子もそれとなく気付き、乗った振りをして翼を追い掛けた。


どんどん愛しくなる翼。
更に燃え上がる恋の炎。

本当は重いバッグ。
でも苦にはならなかった。

陽子はこの至福の一時に益々陶酔していった。