二重人格三重唱

 案内人の説明に神経を集中させるお遍路達。

その片隅で翼と陽子もこっそり聞いていた。


「見かねた僧侶が親子にアドバイスをしたそうです。観音経の一説を教えてた上で、このお堂の中で一心にお祈りしたらどうかと。その通りにしたところ、急に目の前が明るくなったそうです」


「それでこのお寺を明星山と名付けたそうよ」
陽子が翼に耳打ちをする。

翼は驚いたように陽子を見た。


「もしかして、おじいちゃんに……」

陽子は頷いた。


「私おじさま大好き。姉がお義兄さんと出逢った時みんな反対したの。でもおじさまだけが理解してくれて、親戚を説得してくれたの」


「十歳違いだから?」


「それもあるけど、上司だったでしょう? 部下に手を出したとか、親戚中に色々言われてね。母と一緒に説得に走り回ってくれたの」


「ふーん。そうだったんだ」


「その時のおじさまカッコ良かった。私おじさま大好き! おじさまの為なら、おじさまの病気が良くなるためなら何でも出来るわ」




 陽子の優しさが翼の心を暖かくしていた。


(陽子のためなら何でも出来る。陽子を守りたい!)

翼はこの時決意した。


愛された記憶のない翼。


(その心を愛で埋め尽くしてあげたい。その荒んだ心に、優しさを届けたい)

恋人たちは、互いの優しさを持ち寄って支え合うことを、それぞれの心の中で誓い合った。


陽子は幼子を模したような布で作られて吊してある物が気になって、小さなお堂に手を合わせていた。

側にあるのは、赤い被り物の地蔵菩薩。

その横の観音様に手を合わせ、陽子は二人の行く末を願った。


「お若いのに随分熱心ですね」

一行の一人が声を掛けて来た。


「おめでた?」

陽子の耳元で囁く。

陽子はビックリして女性を見つめた。


「だって此処確か、安産の観音様よ」


「えっえー!?」

陽子は首を振りながら後ずさりをした。


でもその後で陽子はもう一度祈りを捧げた。


出来るなら……
翼との子供が欲しいと。


でも陽子は戸惑っていた。

いくら何でもまだそれは早過ぎると。




 「順番が逆になりましたが、これより八番札所西善寺へ向かいます」
案内人が声を掛ける。


お遍路の一行はそれぞれの荷物を確認しあってから、次の目的地へと歩き出した。