「昔この地に、とても親孝行の息子が住んでいたとのことです」

案内人は小さく咳払いをして、又しゃべり出した。


「その子の母親は目が見えなかったので、このお寺に一生懸命に願を掛けたそうです」




陽子は翼の様子が気になり、そっと視線を送った。
其処には、今にも泣き出しそうな顔をしながら聞いている翼の姿があった。


例え翼がどんなに親孝行をしたくても、孝行をさせてくれる親がいない。
それがどんなに切ないものか。

陽子は翼の心の奥の悲鳴を聞いたように感じていた。


翼の祖父の勝から聞いていた。

母親に愛されていないことや話題にものぼらないことなどを。

でもその翼が誰よりも母親である薫を愛していることは明々白々なのだと。

自分達に気を使って、その事実を隠していること。

何故、堀内家の人々がその事実を陽子き話したのかは判らない。

でもきっと翼を思ってしたことだ。
陽子はそう感じていた。

同情させるためなんかじゃない。
恋をさせるためなんかじゃない。
きっと愛してやって欲しかっんだ。

陽子はこの企みにまんまと乗せられた。
でもそれは自分でそうしたかったからなのだ。


(お姉さん、お義兄さんありがとうございます。翼を愛してくれてありがとう。翼に逢わせてくれてありがとう。)

陽子は明智寺から見える堀内家に向かって、合掌をした。
精一杯の、感謝の意味を込めて。