ドキドキしていた。
何故こんなことをしたのかさえ解らない。
それでも翼を受け止めていたかった。

やっと訪れた恋を慈しむように。


「これで今日のデートは横瀬に決まり!!」

陽子は翼の手を引いて、切符売り場に向かった。




 陽子の手に二枚の切符。


「あれっ陽子……確か定期があったんじゃ……」
初めて“陽子”と呼び捨てにした翼。
思わず俯いた。

陽子のハートが再度揺さぶられる。


「いいの。記念だから」

でも陽子は何もなかったかのような振りをした。

翼は俯いたまま目だけ陽子に向けた。

陽子は、はにかんだような顔を翼に向けていた。

翼は大人だと思っていた陽子の可愛らしい仕草に心を乱していた。


(こんな素敵な人とデートなんだ)

翼は全身全霊で、恋に酔いしれていた。


「あれっ。エスカレーターがあるよ。何時の間に出来たのだろう」

翼は階段横のエスカレーターを見上げた。


「う〜ん。十年くらい前かな? あれっ知らなかったの」
陽子が得意そうに言う。


「だって横瀬駅にも行ったことないもん」
翼も得意そうに答える。


「でも陽子。エスカレーターで行けば済むんじゃない?」
翼が笑った。

意識して呼んでみた翼。

でも当たり前のような振りをする陽子。


「だって翼に年寄りだって見られたくないもん」

陽子は俯きながら、上目遣いで翼を見つめた。


「年寄りって……一つ上のだけなのに」
翼は笑いながら、陽子をエスコートする真似をした。


「年寄り扱いする気ね」
冗談っぽく陽子が言うと、翼は首を振った。


「僕の大切な宝物を守るためだよ」


翼は再度エスコートする仕草をした。
陽子は今度は微笑みながらそれに従った。


陽子と翼は西武秩父の長い階段を、二人だけの時間を楽しむようにゆっくりと登って行った。


「ねぇー。やっぱりその荷物持つよ」

翼が気を遣い言う。
でも陽子は首を縦には振らなかった。