「やっちまったな!」
陽子は照れをギャグでかました。

秩父鉄道は本数が少なく、まして武州中川駅には急行列車は止まらない。

次の発車時間まではまだかなりの時間があった。


仕方なくベンチに座った。

突然、思い出し笑いをする。
教科書を渡された時の翼の顔が余りにも面白かった。

陽子は気付かない内に翼を意識し始めていた。


三峰口駅のホームから見えるSLの転車場。


「いつか翼君と乗ってみたいな」


(えっ!?)

独り言に自分で驚く。


(同情? 違うよね? まさか初恋!?)

陽子は自分で出した答えに自分で驚いていた。




 それには訳があった。

陽子は今まで誰も好きになったことがなかったのだ。

自分の一生は、幼稚園の子供と遊んで終わる。

そう思っていた。


(そうよね。だから保育科を専攻したのよね。それがこんなにトキメイて)

陽子がそう思った途端、全ての謎が解けたように思えていた。


(そうか。これが恋ってやつか!)

自分で出した答えにまんざらでもないような顔をしながら空を見上げた。

夕暮れが迫って、鰯雲に紅を降り注ぐ。

陽子はその美しさに見取れていた。


陽子は、翼と出逢えたことを感謝せずにいられなくなった。


「ありがとう、姉さん。ありがとう、義兄さん」

空に向かって声を掛けた。


空では白鷺が夕焼けに染まりながら優雅に羽ばたいている。


「あの白鷺には、私は幸せそうに映っているのだろうか?」

陽子はずっと白鷺を目で追いながら、翼に今の自分の気持ちを素直に伝えたいと思っていた。


(でも不思議。今までどうして逢えなかったのかしら? おかしいよ。いつもお姉さんに会いに行っていたのに……)

答えは出ない。


(始まりってそう言うもんなのかな?)

陽子はもう一度空を見上げる。


其処はいつの間にか一面の夕焼けに染まっていた。