二重人格三重唱

 忍のステーションワゴンが国道140号を走っていた。

その車の中には、陽子の運転で中川に向かう翼の姿があった。

翼の東京大学合格を陽子の実家で祝う為だった。


実家に着く少し手前、陽子は急に車を止めた。


「どうしたの?」

翼は陽子の顔を覗き込む。

いきなりキスをする陽子。


「怖いの」
陽子は泣き出した。


「赤ちゃんの事、何て言ったら」


「何言ってるの。赤ちゃんが出来たよ。それだけでいいんじゃない」
翼は陽子が気付いたことをまだ知らなかった。

陽子をこれ以上傷つけたくなかった。

例えお腹の中にいる子供の親が孝だったとしても、自分の子供として育てよう。翼はそう決めていた。


実家には親戚が集まっていた。

翼の合格を褒め称える陽子の父・貞夫。

陽子の妊娠を報告する陽子の母・節子。
めでたい事が二重になり、会場はヒートアップしていた。


午後零時より午後三時まで、二人は確かに善意の人々の輪の中にいた。
これが後に起きる事件のアリバイとなったのだった。


その日。
翼は節子にプレゼントをした。

それは小型録音機だった。

手取り足取り使い方を教える翼。


「使い古しでごめんねお義母さん」
翼のその言葉で遂に泣き出した節子。


「あんたは私の自慢の息子だよ」
節子の言葉に翼も泣いていた。