二人が話していると、翼が純子にお茶を持ってきた。


「あ、ありがとう翼君。君も一緒にどう?」


「いえ、僕は帰りにお祖父ちゃんのとこに寄ってから戻りますので」


「あっそう。じゃまたね」

掘り炬燵の中から手を振る純子。

翼は一旦外へ出るが、陽子のことが気になりなかなか自転車置き場に行けずに佇んでいた。


「え、送らないの」
陽子は少し上げた腰をゆっくり戻した。


「いいの。あの子は家族だから」


「え、何故?」
陽子首を傾げる。


「ま、色々あってね」


「色々ねー」
陽子は純子の顔を不思議そうに見つめた。


「あ、そう言えばさっき面白いことがあってね」
陽子は翼とのやりとりを話し出した。




 翼はドキドキしていた。


(ああ……何て素敵な人なんだろう。こんな人が恋人だったら嬉しいな)


翼はなかなか自転車を発車出来ずにいた。

自分のことを陽子がどんな風に話すのかが気になった仕方なくなっていた。

でも何時までも其処にいる訳に行かなかった。
翼は心を陽子の傍に残したままでゆっくりとペダルを踏み出した。




 翼の祖父にあたる勝は、秩父市内の総合病院に入院していた。


最上階の個室で、窓の向こうには裏山ダムが見えていた。
トイレも有り、横にはシャワーも付いていた。
翼は付き添いをした時、何時も此処で浴びさせてもらっていた。


この病院は完全看護だったが、危篤状態に陥った時などには付き添いも許可してくれていた。

でも翼はそれ以外でも偶にそうしていたのだった。


「おっ、翼か。元気だったか?」
翼が会いに行くといつもそう聞く。


「僕のことより、お祖父ちゃんのことだよ」
翼はそう言いながらも、勝の優しさに胸を熱くする。


勝は命に関わる病を患っていた。
余命幾ばくもないことも知っていた。
だから残される孫が不憫だったのだ。

だから辛そうな時には許可を貰ってくれたのだった。


勝は、翼が母親から愛されていないことを見抜いていた。

翼は勝にも何も言わなかった。
でも言えずに耐えていることも堀内家の家族は分かっていた。


勝の娘・薫には翼と翔という双子の男の子がいた。

二人は見当がつかないほどそっくりだった。

でも何故か薫は翔だけを溺愛していた。

何が気に障ったのか、翼自身分からない。
ただ物心ついた時から、愛された記憶は存在していなかった。