「俺さ、昨日見ちゃったんだよね 」
「何を?」

出会い頭第一声、ちなみに朝の下駄箱。
移行したばかりの冬服を緩く着こなしている目の前の男は心なしかニヤニヤと嫌な目線を向けてくるように感じる。というか向けてきている。
見られて困ることに心当たりの無い俺は、意識を巡らすがやっぱりわからなく。未だだんまりとしている黒川隼人(クロカワハヤト)に向かってイラつきながら先を急かす。

「勿体ぶってねーで早く言えよ」

その台詞を受けた隼人は、ニヤニヤしながら俺と肩を組み廊下を歩き始めた。

「知らばっくれてんじゃねーよ」
「は?」
「お前さー、彼女いたんなら教えろよな」
「....待って、本当に意味わかんないんだけど」
「素直になれよ」


昨日一緒に帰ってただろー?

隼人のその言葉に思い浮かんだのは隣の組の朝日奈美鈴(アサヒナミスズ)。確かに昨日一緒に帰りつつ駅ビル散策をしたりと傍から見れば疑われるようなことはしていたが、俺、桐生柊(キリウシュウ)と彼女の関係はそんな甘いものではない。

ただの家がお隣というだけのありきたりな幼馴染みである。小さい頃からお互いの家を行き来しているし、今でも登下校を共にすることはよくあるが、その2人の間にはよくある少女漫画のような、ときめきが無い、恋愛感情が一切ない関係性だと思う。

「あー、あれか」
「そうそう、あの可愛い子だよ」
「アイツはただの幼馴染みな」

ゆるく組まれた隼人の腕を肩から外しながら言うと、は?という意味わからないとでも言いたげな返答が聞こえてきた。いや、俺にとってはその返答のほうが意味がわからないわけだけど。

「お前、彼女いねーの?」
「まあ」
「....へー、そんなナリしててねえ....」

そんなナリってなんだ。
しみじみと俺を観察し始めた隼人にため息を吐く。隼人のワイシャツは鎖骨が見えるまでボタンが開けられていて色香が漂っているし、若干腰パン気味だし、どう考えても隼人のほうがチャラいし、実際漂う色香に見合う程そういうこともしてきているわけで。ナリは完全にそっちのほうが悪いというのに。

それに対して俺は生徒会役員だし服装だって模範になる格好だしどうしてそんなことを言われなくてはいけないのかと軽く睨んでやった。
その視線に気づいたらしい隼人はぷっと吹き出して俺の肩をバシバシと叩く。痛い。

「そんな女の子にモテるクセしてまだ童貞なんだ」

再び肩を組まれて耳元でコッソリ囁かれた言葉にゲンナリしてため息をついた。朝からコイツのせいで幸せの欠片を失ってしまって今日は最悪だ。