スピカ ―記憶の欠片―


初対面ではあるが、不快に感じることがあるのかもしれない。


それはそれでショックなのだが。


「嫌い、ではない」



……意外なお返事だった。

どうやら、嫌われているわけではないよう。


だったら何だ? 

どうしてそんなに暴言を吐く。



「お前は俺のこと、嫌いか?」


彼はそう問いかけた。

一瞬戸惑った。誰に言っているのだろう、と。


どうやら質問相手は私だったらしい。


どう言えばいいのだろう。

突然髪を引っ張るような人を、好きだとは断言できなかった。

かと言って、嫌いだとも思えない。



たどたどしく、言葉を紡いだ。

心の中にふわふわと浮遊していた文字を、かき集める。



「私はあなたのことを知らない。知らないから、今は何とも言えないよ」



私ははっきりと告げる。

内心はどうしようもないほど、びくびくしているけれど。


彼は黙ったまま、恐ろしいほど黙ったまま、私の話に耳を傾けている。





「あなたは、誰?」





彼の顔が勢いよく上がる。

茶色の髪がサラサラと風に揺れた。


大きく見開かれた目。絶望の色を示している。

瞳が震えていた。


彼は何かを言いかけて、諦めたかのように口を閉じた。


思わずこちらが悲しくなるほど、切なげな表情をしている。



私は変なことを言っただろうか。

当たり前のことを、当たり前のように伝えただけのつもりだったのだ。




「あの、名前は?」

この質問にも、少年は答えてはくれなかった。

教えたくないのかもしれない。


私もいきなり聞かれて答えろというのも困る。

別に構わない。


……どうせ私も答えられない。自分の名前を忘れてしまったから。