「そうか。親父さんは、それほど奥さんを愛していたのか」
大は辛そうに呟いた。


どうやら大は察したようだ。
この家に住み着いた、珠希の存在に。

それは亡霊ではない。
それぞれの心の中に、思い出と言う足かせになって。


『ねえ、あんた達。美紀ちゃんが誰を好きなのか知ってて言ってる訳?』

沙耶の言葉が何を意味しているのか気付いたのは、その後の正樹の行動からだった。

あのおどおどした正樹の態度は、美紀を本当は愛している意思表示ではなかったのだろうか?

大にはそれが切なく映ったのだった。
正樹は大の父親より五歳も若い。
体だって鍛えているから、ビシッと決まってカッコいい。
でも、親友・秀樹と直樹にとっては間違いなく親父なのだ。


子供と親が三つ巴のバトルを繰り広げる……

今まで美紀の父親だった正樹と、兄弟だった秀樹と直樹。

きっと美紀も苦しいはずだと思った。

でも、この争いに決着を付けるために今此処に自分がいるのではないかと思ってもいた。




 (あの花火大会の日に初めて知ったんだ。美紀ちゃんがお父さんさんを愛していることを)

そう言ってやりたかった。
でも口を瞑った。

大だって辛い。
でも、この二人はもっと辛いはずだった。

それでも大は思っていた。
一番脈があるのは自分ではないかと。

幾ら美紀が戸籍上の父が好きでも、正樹は受け入れるはずがないと思っていたからだった。
まして、兄弟として育ってきた二人を愛せはしないと考えていた。


「俺やっぱり美紀ちゃんのこと好きだわ」
大がしみじみと言う。


「俺だって、大好きなんだ!」
拳を握り締めて、辛そうに二人が言った。


「流石に双子だ。以心伝心ってとこか?」


「だから尚更辛いんだ」

そう……
二人ともそれぞれの気持ちが解るだけに思い悩んでいたのだった。




 愛する正樹から珠希を奪った事故。
そのキッカケを作ったラケット探し。
美紀は苦しみ抜いて……
それでも正樹を愛し、珠希を感じている。

美紀にとって長尾家は、正樹同様に生き地獄なのではないのかと思った。


大は美紀を其処から救い出すために正樹から大役を任されたと思っていた。


それでも、それだけに、自分の本当の気持ちなんて言える訳がない。

大は美紀と同じ屋根の下にいながら、何にも出来ない自分に腹を立てていた。